馬鹿の世界の点景になりたい。

qinggengcai

世界はまだ不幸だってさ


この世界には、もう、お手上げで、
絶望を受け容れているけれど、

自分のことなら、
あきらめているわけではない。

世界には、多くを望まないけれど、
自分には、期待を棄てない。

世界には、社会には、他人には、
僕を傷つける力がないから。

間違っていてもいい。
僕は、僕のその構えを、

ニヒリズム、と呼んでみる。



    

    もしも 君が彼らの言葉に嘆いたとして
    それは つまらないことだよ
    なみだ流すまでもない筈
    何故なら いつも言葉は嘘を孕んでいる



    ―― ありあまる富/椎名林檎
    ―― 作詞、作曲、椎名林檎、
    ―― 2009、EMIミュージック・ジャパン



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  1. 2017年10月12日 12:04 |
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リア充


        酔狂なクルマ、少し高いワイン、
        ふざけた飲みもの。
どれも、空疎な現実を、
紛らわせるようなものばかり。
        シートの底が抜けていても、
        味なんか分からなくても、
100円で買った本でも、
書かなきゃ分からないような、
        どこか芝居がかった現実。


        現実の充実をアピールするために、
        現実から離れたものを提示する矛盾。
仕事とか、学校とか、家事とか、育児とか、
そこで関わる人たちとか、
        家族とか、友人とか、恋人とか、
        手のつけようがないほどに、
直視できないくらいに、
考えたくないくらいに、
        複雑にこじれているのが現実。



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  1. 2017年08月24日 20:09 |
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電球ソーダ



    170822b.jpg

    旧車と、ワインと、電球ソーダ。
    インスタっぽく載せてみる。



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  1. 2017年08月22日 21:08 |
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Soffocone



    170821a.jpg
    http://www.suntory.co.jp/wine/special/bibigraetz/bibi-wine/soffocone.html

    170821d.jpg
    http://www.suntory.co.jp/wine/series/winery/003_006.html

    トスカーナの赤、
    ソッフォコーネ。
    いいワインに違いない。



    170821b.jpg

    しかし、僕には、
    うまいのだか、まずいのだか、
    なにがなんだか分からない。



    170821c.jpg

    酎ハイカルピスが飲みたい。



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  1. 2017年08月21日 22:21 |
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帰する所の善人


自分を善人とは思っていない、
なんて悪人ぶったもの言いも、
結局は、自らの善人らしさを、
周到にアピールしているに過ぎない。

自分は、自らの道徳性を、
厳しく評価することができる、
つまり、自分は道徳的であり、
ひいては、善人だと言っている。

自らを善人と思い込んでいるわけでもない、
自らを過大評価するほどの馬鹿でもない、
つまり、自分は倫理的であり、
ひいては、善人だと言っている。

善人をアピっていても、
逆に、悪人をアピっていても、
結局は、等価であり、
つまりは、善人をアピることになる。

誰かに提示するメッセージは、
帰する所、善人しかアピれない。



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  1. 2017年08月08日 21:33 |
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思い込みの善人


優しさや、誠実さや、まじめさや、寛容さ、
それらの概念に比べて、
善い、という概念は、括りが大きい。
ぼんやりしていて、とりとめがない。

普遍的であり、一般的であるゆえに、
善い、だけを取り出そうとしても、
僕には、まるで意味が抜け落ちてしまう。
消え入りそうな意味しか読み取れない。

善人を自称する人は、
善を説明できるのだろうか。
それとも、自らの思い込みを、
自己申告しているだけだろうか。

善人は、自らの正しさを疑わないから、
僕には、反論ができないけれど。



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  1. 2017年08月07日 20:17 |
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逡巡しない善人


自分は善人で、
心が広く、他人に優しい。
そう考えて、疑うことがない。
自分が考えていることが正しく、
他人にとっても、
それが善であると信じている。

周りにいるのが、
同じ考えの人ばかりなときは、
聞き飽きたような意見や、
形式化されたような行動でも、
お互いにほめ合っているうちに、
勘違いしてしまうのだろう。

しかし、そんな人が、
善人であるとは思えない。


いくつもの選択肢が浮かび、
自分の判断に確信が持てない。
善も、悪も、よく分からなくて、
決められないから逡巡している。
僕には、そんな人のほうが、
余程、信じられる。

もちろん、そんな人は、
自分を善人とは思っていない。



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  1. 2017年08月05日 22:32 |
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悪気がない善人


善は、道徳的な価値判断だが、
善いとか、良いとか、好いとか、
僕たちは、いちいち区別なんかしない。
意味も、価値も、判断でさえ、
まったく副次的なことである。

善とか、悪とか、
正しいとか、間違っているとか、
そんなことはどうでもよくて、
ものごとがうまく機能していれば、
それだけで、善になる、正しくなる。

知ること、考えること、感じること、
それらを分けることもない。
知識と、思考と、感情は混同されて、
他人の意見も、自分の意見も、
まるで区別なんかしない。

そんなある種の純真さが、
善人を善人にさせるのだろう。


自らを善人と標榜するのなら、
そんな思い上がりは、
直ちに善人らしさを欠くから、
それだけでも善人なんて、
少しも善人ではなくなるけれど、

何につけ、悪気がないから、
許されるのが善人である。



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  1. 2017年07月30日 21:41 |
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悪行を為す善人


1時45分、リトルボーイを載せて、
テニアン島からB-29が飛び立つ。

エノラ・ゲイの乗務員は12名、
全員がカトリック教徒。

そして、もう1人乗組員がいた。
George Zablecka、

カトリックの従軍神父。


善人なら、その良心は、
大量殺戮を許さないだろう。

しかし、神父が乗り込めば、
原爆投下を躊躇しない。

善人なら、悪行を為すためにも、
良心が必要になる。

8時15分、十全なる悪が為された。


人は良心によって悪をするときほど、
十全にまた愉快にそれをすることはない。
―― 『パンセ』/パスカル、前田陽一、由木康 訳、
―― 1999、中公文庫



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  1. 2017年07月29日 20:01 |
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説明不要の善人


一人称の文章を作っているかぎりは、
ほとんどが感情の表れであり、
僕にとっては、間違えることはない。
感情なら、人それぞれ、であり、
思ってしまうものは仕方がない。

ところで、愚考は、
表さなければ愚考ではない。
自ら表現することを、
自ら許容するから愚考になる。
愚考とは、愚かさの表れを許すことだ。

みんなと同じ文章になるのなら、
僕には表現する動機がない。
例えば、誰もが正しいと思っていることなら、
僕も、自分の言葉なんか持たなくてもいい。
回りくどい説明など不要だろう。

表現したくなるのは、
みんなと違っていることであり、
それを知っていて表すのなら、
自分の言葉で表現せざるを得ず、
いきおい、愚かな考えになってしまう。

では、なぜ、僕は、
愚かな考えを書き表すのか。
僕が、何かを、善であると、
あるいは、悪であると表現するときには、
意味を含んでいる。

善いことだからやってくれ、
あるいは、悪いことだから控えてくれ、
そんな意味を含んでいる。
それは、善悪を表現するときの成分だ。
僕の要求が、僕の善悪である。

嘘っぱちの、犬のような、
思考しない善人なら、
僕は、やめてくれ、と言っている。
愚かな考えとしか言いようがないが、
僕が書き表したいことは、

もとより、すべて愚考である。



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  1. 2017年07月27日 23:06 |
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