馬鹿の世界の点景になりたい。

qinggengcai

得意而忘言と、得魚而忘筌と、色即是空 ―― 2/x


意味が解って説明を忘れる。
忘れていいとか、
悪いとかではなく、
それで当然だ。
それが理解ということだ。

意味が解った、ということは、
意味を教えてくれた説明を、
忘れることだ。
さらには、もう説明は要らないから、
忘れろ、ということだ。

意味が解った、ということは、
自分の言葉になった、ということだ。
誰かの説明を借りてこなくても、
問いに応じて、
自分で説明できるだろう。

さらには、もうパクりはいいから、
自分の言葉で語れ、ということだ。
誰かの言葉を聞いて、
自分の言葉に着地させる、
それが理解ということだ。

意味が分かれば、
上手く言えるのではない。
意味が分かれば、
上手くは言えなくなる。
自分の言葉で語り始めるから。

何年も、何十年も、
荘子を読み込んできた人たちには、
怒られそうだけれど、
荘子を読んで、4日めの僕が言い切る。
ゆえに、「得意而忘言」の、

正解率は、1%に満たない。



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  1. 2017年05月13日 18:30 |
  2. 自分らしさ
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得意而忘言と、得魚而忘筌と、色即是空 ―― 1/x


「得意而忘言」、
意を得て言を忘る。
荘子(そうし)が、何かに書いている。
僕は、荘子をよく知らないし、
何に書かれているのかも知らない。
そんなのは調べなくてもいい。
にわか仕込みの知識を、
ひけらかしたいわけではない。

「得意而忘言」、
このフレーズは、つい最近、
4日くらい前に知った。
検索すれば、きっと、どのサイトにも、
同じ説明が載っているのだろう。
99%が同じだから、
その説明が正解とされ、
僕が説明することは、

必ず間違いになるのだろう。


ただし、「得意而忘言」が、
意味が解って説明を忘れる、
そんな意味だとしたなら、
99%のサイトは正しくない。
説明を忘れていないから。
ひいては、意味も解っていないから。
何度もコピペされた説明を忘れることが、
「得意而忘言」の意味ではなかったか。

エクリチュールには、
反復可能性があり、
読み手のコンテクストごとに、
意味が散らばる。
文章は、読まれるたびに、
読み手の捉え方によって、
意味がばらばらになる。
読み間違いは多いはずだ。

なぜ、正解率が99%なのだろう。



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  1. 2017年05月13日 12:02 |
  2. 自分らしさ
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桜がきれい、と言ってみる


        散り始めた桜を見上げる。
        人気(ひとけ)のない路地で、
        自販機に百円を投げ入れる。
つまらない花見、
なのかもしれないけれど、
僕には、きっと、

そんなのが楽しい。

        たぶん、花の美しさとは、
        死を見据えること。
        死に行く者たちを看取ること。
思考というのは、
不当に扱われた者たちに、
寄り添って始めるもので、
        それ以外のもの言いは、
        酔っぱらいのたわごとだろう。
        遠くに救急車の音を聞く。

        明日は、雨になるらしい。



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  1. 2017年04月11日 12:46 |
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桜と日本人


みんな、桜が好き、らしい。
桜に集う理由を、
説明することができないから、
        僕も、とりあえず、
        桜が好き、と言ってみる。

桜が好きなのは、美しいから。
美しい、というのも、
言葉の限界で、表現の放棄で、
        それもまた、
        理由にもならないけれど。

自分の行動を、
説明する語彙を持たないのが、
日本の文化なら、
        説明の必要さえ感じないのが、
        日本人の心なら、

今夜は、異邦人を気取ってみる。
人気(ひとけ)のない路地の、
散り始めた桜の樹の下で。



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  1. 2017年04月10日 20:13 |
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パンストは黒か、肌色か


すべては相対であり、
絶対的な優劣はつけられない。
例えば、パンストが、
例えば、黒でも、
例えば、素肌に近い色であっても。

パンストの色については、
多くの所論が世界を飛び交っているが、
それは、それぞれが示す選好を、
相互にアピっていることに過ぎず、
本質的には、価値に差はない。

パンストは黒か、肌色か、
それは、差異を差異として認めて、
価値の上下をつけない、
そんな優等生ぶった回答に、
無理を感じさせない問いになる。

極めて稀な問いになる。



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  1. 2017年04月03日 20:43 |
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もっと若い頃に


もっと若い頃に、
せめて5年前に、
勉強しておけばよかった、
そう思うのなら、

もっと若い頃の自分は、
大学の頃に、独身の頃に、
勉強しておけばよかった、
そう思っていたはずで、

大学の頃の自分は、
中学の頃に、高校の頃に、
勉強しておけばよかった、
そう思っていたに違いない。

つまり、勉強は、
いつだってできる。
過去の自分に努力を押しつけて、
結果だけを欲しがるから、

いつまで経ってもできない。
    170402.jpg
    http://dora-world.com/




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  1. 2017年04月02日 17:04 |
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そんな気にもなる


仕事に関する知識を、
更新させる努力は、
ずっと仕事をしているような、
気分になるのがつらいけれど。

知識が薄れて欠落しているし、
なにより、古くなっている。
愚直に、勉強をやり直そう。
そんな気にもなる。

今日から初めて、たぶん、
夏の終わり頃まではかかる。
耐えられないのは、
その遅さと、生産性のなさ。

量的に把握できない価値。
可視化されない評価。



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  1. 2017年03月11日 21:02 |
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感じるな、考えろ 4/4


スピなら、考えるな、感じろ、という。
感じたことを、考えれば、
心の内を言語化させようとする、
つらい作業が待ち受ける。
心が請け負った作業を、
振り替えられた頭はつらい。

しかし、考えるな、感じろ、
そのフレーズに、違和を感じないのなら、
命じられるまでもなく、
もとより、頭は何も考えていない。
それは、考えることが苦手な人たちへの、
スピからの福音である。

考える、ということは、
考えろ、と命じられても、
考えることはできないし、
考えるな、と禁じられても、
考えることは止められない、
どうにもならないことだ。

同様に、感じる、ということも、
感じろ、と命じられても、
感じることはできないし、
感じるな、と禁じられても、
感じることは止められない、
どうしようもないことだ。

考えることも、感じることも、
できない人には、できないことで、
できないことをしようとしても、
もとより、しかたがないだろう。
意図してもできることではなく、
思いがけず、図らずも、

してしまうことだから。



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  1. 2017年02月24日 12:21 |
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感じるな、考えろ 3/x


何も考えられない人も、
少しは考えてみた人も、
ある程度まで掘った人も、
岩盤にぶち当たるまで掘り下げた人も、
それぞれに結論を同じくする。
自分の正しさからは出られない。

ただし、掘り下げた人どうしなら、
自分と異なる考えを、
異なることだけを理由として、
間違えていると結論づけない。
お互いに、それぞれの正しさを、
身をもって知っている。

厄介なのは、スピや自己啓発で、
底が浅くて、にわか仕込みの知識ほど、
なぜか自信が持てるらしく、
僕は、何も分かっていなくて、
知識が足りない扱いを受ける。
そう感じているのなら仕方がない。

底が浅い人からは、底が浅いと、
狭量な人からは、狭量と、
鈍感な人からは、鈍感と、
馬鹿からは、馬鹿と、
他人の価値観を認めない人からは、
他人の価値観を認めないと評される。

少し考えただけでも、
矛盾に気づくと思うけれど、それでも、
自分の正しさからは出られない。
などと思う僕も、
自分の正しさからは出られない。
などと思う僕でさえ、

自分の正しさからは出られない。



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  1. 2017年02月22日 16:03 |
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感じるな、考えろ 2/x


        誰だって、自分は正しい。
        みんな、それぞれに正しい。
みんな、間違えようがなく、
正しくない自分でいることなど、
誰にもできない。

        だから、正しくありたければ、
        自分の正しさを感じていればいい。
感じることに満足しないで、
自分に多くを求めるから、
ありもしない間違いを探してしまう。

        ありのままでいい、そのままでいい、
        風に吹かれていればいい。
考えるから、間違える。
考えずに、感じていれば、
誰だって正しくなれる。

        間違えたから、反省するのではなく、
        反省と間違いは、僕たちに同時に現れる。
間違いは、反省と切り離せない。
小さく自分を省みるなら、
大きく間違えることはないだろう。

        正しくありたいのなら、
        考えずに、感じること。
それは、僕が知らなかっただけで、
そんなことは、ずっと前から、
大多数の人たちが実践していて、
        そんなあたり前のことに、
        今さら、立ち止まる僕がどうかしている。

そして、僕を絶望させるのは、
そんな、どうかしている僕でさえ、
僕の正しさに回収されること。

        僕たちは、立ち止まることさえできない。
        正しくない自分に、なることができない。



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  1. 2017年02月21日 12:53 |
  2. 自分らしさ
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