馬鹿の世界の点景になりたい。

qinggengcai

認めよう


        僕に批判的なブログを紹介する。

>このブログのタイトルが『感謝感激雨霰』に変わった頃、
>このブログを見ているある人物が、その人自身のブログを「感謝とは…」みたいなタイトルで更新していた。
        『感謝知らずな惑星』だろうか。
        ―― 2015/06/21、『感謝知らずな惑星』
        彼女のブログ、『感謝感激雨霰』の「感謝」をパクって、
        僕が、『感謝知らずな惑星』というタイトルをつけた、
        という主張らしい。
        そうかもしれない、認めよう。

>思い出話とか、過去のことをあたしが書くと、
>その人のブログは「現在の不在」とか何とかいうもったいぶったタイトルで更新されていた。
        これは、『「現在の不在」仮説』。
        ―― 2016/03/14~03/19、『「現在の不在」仮説 (。-`ω´-)ンー 3/3』
        彼女の、過去の思い出話をパクって、
        僕が、『「現在の不在」仮説』というタイトルをつけた、
        という主張らしい。
        そうかもしれない、認めよう。

>宗教について書くと、
>その人のブログは「神の……」とか何とかいうタイトルで更新されていた。
        これは、『神の無理ゲー』。
        2016/03/21~04/11、『神の無理ゲー (。-`ω´-)ンー 5.c/5 ―― multiple endings』
        彼女の、宗教の話をパクって、
        僕が、「神」という語を含むタイトルをつけた、
        という主張らしい。
        そうかもしれない、認めよう。

>「人の文章をちゃんと読んでる(正確に読みこなしている)人って少ない」とあたしが書いたら、
>その人は、「誤読のナントカ」みたいなもったいぶったタイトルで書いていた。
        これは、『誤読という出来事』。
        ―― 2015/12/15~12/18、『誤読という出来事 4/4』
        彼女の、他人の文章が正確に読めない話をパクって、
        僕が、「誤読」という語を含むタイトルをつけた、
        という主張らしい。
        そうかもしれない、認めよう。

>何このパクり方。
        同意する。
        何だろう、そのパクり方は。
        そんなパクり方はあり得ない。
        感謝、現在、神、誤読、
        そんな不思議なパクり方をされたら、
        誰だって不愉快になる。

>ていうか、そんなネタの拾い方しかできないんだったらブログなんかやんなよ~~~
        1年数か月にわたって、
        4回もパクられたら、
        誰だって不愉快になる。
        彼女は、昨年の夏から最近まで、
        ブログを更新していないが、
        その間、僕は、ネタが拾えなくて、

        困っていたのかもしれない。
        僕は、100回以上、困っていたことになる。

>そしてまた、そうやって更新したブログを、あたしに見せようとすんなっ!!
>お願いですから、もう来ないでください。
        そうしよう。
        ただし、感謝、過去や現在、
        宗教や神、誤読、
        僕が、それらの語を頻繁に使うことは、
        許容してほしい。
        記事の内容については触れていないが、

        安心していい。
        重なり合うことはないと思う。

        彼女に病名をつけるのは簡単だから、
        それは、問題にしない。
        僕の文章を馬鹿にするのも、
        読み手の自由だから構わない。
        問題にしたいのは、
        僕がパクったかどうか。

        僕は、彼女の主張をすべて認めても、
        パクったことにならないと思う。



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  1. 2017年01月26日 17:03 |
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パノプティコン


ベンサムが設計した刑務所は、
ネットに似ている。

監視妄想に陥りやすい人に、
ブログは無理だと思う。



    170124.png



テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2017年01月24日 21:24 |
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もう少し、いい部屋だと思っていた


ずいぶん前に住んでいた町を、
通りがかった。
十何年か前、ほとんど二十年くらい前。
家賃は、4万円だったと思う。

懐かしくなって、行ってみた。
右側の暗い通路を行くと、
駐輪場があって、階段があって、
3階まで上がって、2つめの部屋。

    170121b.jpg



301は、保険屋さん、
303は、やまねさん、
304は、がたがたさん、
その頃の彼女は、りょうちゃん。

みなさん、どうかお元気で。

    170121a.jpg



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  1. 2017年01月21日 23:03 |
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その感動は、受け取れない


オリンピックの報道は、
感動させようとする意図が過剰だから、
僕は、感動したくない。
安売りされる感動ならほしくない。

押しつけがましい感動は、
感受性の回路を停止させる。
何に感動するかを僕が決められないのなら、
感動はもっぱら与えられたものになる。

だから、感動をもらいました、
なんて言い回しになる。
感動をありがとう、
なんて言って受け取る。

次々に差し出される感動を、
効率よく消費して、
自分の感受性が磨かれた気分になる。
そんなのを感動と呼ぶのなら、

その感動は、受け取れない。



自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ
―― 茨木のり子



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  1. 2016年08月06日 19:16 |
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その夢は、獏に


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    160805d.jpg



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  1. 2016年08月05日 23:13 |
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ポエム (。-`ω´-)ンー


5日からオリンピックが始まって、
特番が組まれて、
「炎のランナー」のピアノが聞こえてきて、
がんばれ、がんばれ。

がんばれ日本、
元気をもらいました、
勇気をもらいました、
たくさんの夢と感動をありがとう。



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  1. 2016年08月04日 21:26 |
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ポケモンGOとは何だったのか 5/5 (。-`ω´-)ンー


今年の夏は、安保法制反対のデモに、
参加する人はいないようだ。
安保法制は、焚きつける野党がいなくなれば、
解決するような問題だったらしい。
今年の夏の、国会議事堂の正門は、
ポケモンが対戦する場所に選ばれた。

安保法制からポケモンに流行りが移る、
そんな気違いじみた心理的事実があるけれど、
誰も気にしていないみたいだから、
僕も気にしないことにする。
反権力もゲームも、夏祭りのようなもの。
花火のように弾けて消えればいい。


みんなと呼ばれる匿名の集団は、
みんながおもしろがることをおもしろがって、
みんなが捨てれば捨ててしまう。
みんなが忘れれば思い出すこともない。
ブームが過ぎた時に、ポケモンGOとは何だったのか、
などと、問う者はいないだろう。

みんながみんなを参照して、
みんなが相互に模倣する。
自分の判断能力もいらなくなり、
だから、どこまでも責任がない。
責任を問われる能力さえ、
持ち合わせていないから。


みんなが狂っていたとしても、
対決することはできない。
みんなは、どこにもいないから。
みんなが支配する場面から立ち去ること、
僕には、それくらいのことしかできない。
空気を読む、というのは比喩ではなくて、

空気としか呼べないのがみんなである。



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  1. 2016年08月02日 19:07 |
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ポケモンGOとは何だったのか 4/5 (。-`ω´-)ンー


気が狂っていても構わないけれど、
妙なモードで外を歩かれるのは困る。
街のほとんどの場所は遊び場ではないが、
何人かの集まりで、心理的な抵抗も感じずに、
遊び場に変えてしまうのは困る。

僕は、ポケモンGOをしていないから、
街にモンスターが現れることはない。
でも、モンスターを探している人が街に現れる。
モンスターが見えない僕には、
奇妙な出来事に映るのは当然だろう。

去年の夏に、街の中で、
モンスターを捕獲する人がいたなら、
狂人の扱いをされなかっただろうか。
では、今年の夏に、街の中で、
モンスターを捕獲する人は、

狂わされているに違いない。



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  1. 2016年07月31日 20:36 |
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ポケモンGOとは何だったのか 3/x (。-`ω´-)ンー


ゲームは、どれもそんなもので、
ゲーム機とプレイヤーは、
いつだって分断されている。
ゲームが虚構、というのは、
たぶん、そういう意味である。
プレイヤーは、現実を見てはいけない。

ゲーム機は、何らの意思を持たず、
プレイヤーに寄り添うことはないから、
ゲームの成立には、常に、
プレイヤーの一方的な思い込みが求められる。
あらゆるゲームは、
プレイヤーの誤謬によって成り立っている。


プレイヤーは、常に、
間違いを犯している。
ゲーム機が間違えるときには、
ゲームは成立しないが、
プレイヤーが間違えないときにも、
また、ゲームは成立しない。

つまり、ゲーム機が正常で、
プレイヤーが異常なときにだけ、
ゲームが成り立つ。
それが、僕たちとゲーム機の関係だ。
ほかのどんな組み合わせでも、
ゲームは成立しない。


ゲームを始める、ということは、
自らを間違いのモードに移すことであり、
ゲームしている、ということは、
そのモードに没入していることを、
忘れてしまうことである。
端的に言って、プレイヤーとは、

気が狂った人のことである。



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  1. 2016年07月30日 21:10 |
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ポケモンGOとは何だったのか 2/x (。-`ω´-)ンー


ポケモンが現れるのはどこか。
もちろんスマホの中に現れる。
捕まえたポケモンはどこに行くのか。
もちろんスマホの中に行く。

ポケモンが増えていくのは、
もちろんスマホの中で、
プレイヤーが現実に所有する、
何かが増えるわけではない。


ゲームの成果をレベルと呼ぶのなら、
レベルが上がるのはスマホのレベルで、
プレイヤーのレベルが上がるわけではない。
レベルは、プレイヤーには帰属しない。

ステージと呼ぶのなら、
次のテスージに行くのはスマホで、
プレイヤーはどこにも行けない。
それらを何と呼んでもいいが、

プレイヤーとは関係のないものである。


複数のプレイヤーで、1つのスマホを、
共有することを思えば分かりやすい。
ポケモンも、レベルも、何でも、
すべてはスマホのものであり、

プレイヤーとは関係のないものである。



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  1. 2016年07月30日 12:31 |
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