馬鹿の世界の点景になりたい。

qinggengcai

紀貫之 2/7


        …… 精神という点で動物は貧しく、人間は豊かだ ……
        貧困と富裕との差異は、程度差をもってはいない。
        というのはまさに、本質の差異があるがゆえに、動物の世界は
        ―― さらに動物が世界という点で、したがって精神の点で
        貧しいのだとすれば、動物の一世界、
        したがって一つの精神的世界について語ることが
        確かにできるはずだ ――
        人間世界の一つの種、あるいは一つの度合ではないからだ。
        …… 動物にとっての世界の欠如は、純粋なる無ではないが、
        だからといって質の違う次元、
        たとえば人間の次元におけるある充満へ、
        あるいは非―欠如へと、均質な目盛の上で照合されるわけにはいかない。
        ―― 『精神について』


仮に、鯨は、
人よりも貧しい世界しかもっていないとしよう。
しかし、鯨は、持っていないという次元において、
人とは違う世界を持っている。
逆にいえば、人とは別の世界を持ち得るから、
人の世界を奪われている。

それでも、鯨が人とは違う世界を持っていても、
その世界は、その精神は、人よりも豊かとは思えない。
それは、人には、当然のことだ。
人は、人の物差ししか持っていない。
人の物差しは、人とは違うものを測れない。
人は、人の物差しを超えるものを測れない。

人の物差しで測ることができるものは、
結局は、欠如だけになる。



        『精神について』/ジャック・デリダ 著、港道隆 訳、
          1990、人文書院



  1. 2015年09月27日 12:37 |
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