馬鹿の世界の点景になりたい。

qinggengcai

白線の内側にお下がりください


    未来は、一点透視の消失点から立ち上がり、
    未来の可能性を過去の事実に変えて、
    先頭車両はひたすら走り続ける。
走り続けることで、
先頭は、先頭になる。
止まれば、もはや先頭ではない。
    走り続けることで、
    先頭が感じているこの瞬間という体験は、
    先頭自らに存在する全体性にほかならない。

僕たちは、瞬間から離れることはできない。
僕たちが意識を持つのは、
今の一瞬に局限されている。
    僕たちを今に閉じ込めるために、
    最も邪魔になるものは、
    今、飛び移ったばかりの過去だろう。
今の一瞬前の過去は、
そして一瞬後から観た今は、
跡形もなく破壊されている。
    打ち寄せる波は、
    どこかに保存されている訳もなく、
    次々に生起し、また砕け散る。

瞬間はそれ自体、次の瞬間に移すことができるのか。
それとも、瞬間は毎瞬に分断され、
次の瞬間とは絶縁されているのだろうか。
    瞬間は、連続か、非連続か。
    瞬間は、持続の虚偽の区切りか、
    持続は、瞬間の虚偽の集合か。
存在は、時間と空間の結合点にある。
瞬間は、時間と空間を保証する。
持続は、そのどちらをも留保しているのに対して。

    僕は、生まれたての次の瞬間を見出して、
    その瞬間が死を迎えるまで留まっている。
    僕は瞬間を離れ、次の瞬間に生まれる。
宇宙は一瞬に生まれ、一瞬に死ぬ。
アナウンスが聞こえる。
「白線の内側にお下がりください」

    先頭車両が、駆け抜ける。
    間違えてはならない。
    飛び移る先は、そこではない。



  1. 2015年09月22日 16:14 |
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:6

コメント

瞬間の理解が難しいので、
どうしても僕は過去の瞬間を無意味だとしても拡大して理解しようとする。ある意味の、こだわりが生まれてしまう。
過去の瞬間を考えるという思考が拡大するスピード、つまり自分内の時間の進行が、連続しているように思えるので、
それが自分を乗せている世界の時間と同一であると思いがちになってしまう。
そうすると、世界に乗り遅れた感が起こる。ズレかな。
でも、何を考えようが、それは全部過去の瞬間の拡大になる。
それらを脱ぎ捨てないと、本当のリズムは刻めないってことになっちゃうけど、
僕は過去のリズムの同調に目が向いてしまいます。
そこから生まれるかもしれない新しい複合的リズムに、期待するのかな。
同調すれば、世界のリズムにやや遅れて、
次々と新しいリズムを刻みながら、ついて行ける気がします。

過去が刻むリズムに乗り遅れた感が起きると、それは結構辛いのかな。飛び込んじゃうのか^^。
過去が刻むリズムに乗るんじゃなくて、自分でリズムを刻んで、
同調に影響を与え、参加しないといけないんじゃないかな。

更に、過去のリズムを脱ぎ捨てるのは、ちょっと僕には想像すら難しい。

自分に新しい目が出来ないと、そこは見えない。感じることは、更に難しい。
意外と、大問題でもあります。

最後に、今回のテーマを書いて頂き、感謝。
  1. 2015/09/23(水) 08:19:05 |
  2. URL |
  3. 海底まきがい #-
  4. [ 編集 ]

消失した過去と現在瞬間が連続しているように感じるのは、記憶があるからで。

それも不確かであやふやなんだけど、
例えて言えば
一冊の本を形成している小説の42ページと43ページの示す時間と空間に連続性を見いだすのは、43ページを読んでいる時にも表紙から42ページまでが示していた時間と空間を自分が記憶しているからで。それに43ページしか読んでなくても全く別にストックした記憶から想像して補足も出来る。

記憶が現在瞬間に影響を与える。記憶した時間と空間の濃度も影響する。

記憶による現在の見え方が、白線を越えることへの欲求を形成することもあるでしょう。

その自分の欲求を垣間見る瞬間に、
その欲求がいかなるものかを査定しようとしてみるだけの記憶があるかどうか。

その瞬間の記憶を手繰り寄せるために、まずは
白線の内側にお下がりください。

  1. 2015/09/23(水) 11:59:55 |
  2. URL |
  3. 小奈鳩ユウ #0TSJikig
  4. [ 編集 ]

まきがいさん、こんにちは。

>最後に、今回のテーマを書いて頂き、感謝。
よく、まあ、こんな記事にコメントを返してくるなぁw。
飛び込みですやんw。

>瞬間の理解が難しいので、
>どうしても僕は過去の瞬間を無意味だとしても拡大して理解しようとする。ある意味の、こだわりが生まれてしまう。
あ~、そうそう、
僕たちは、過去における時間の在り方でしか時間を知ることができません。
推移する今を直観できるとして、
そこに過去における時間のあり方を適用するのは妥当だろうか、ってことです。
>過去の瞬間を考えるという思考が拡大するスピード、つまり自分内の時間の進行が、連続しているように思えるので、
>それが自分を乗せている世界の時間と同一であると思いがちになってしまう。
>そうすると、世界に乗り遅れた感が起こる。ズレかな。
>でも、何を考えようが、それは全部過去の瞬間の拡大になる。
時間の先頭は、過去と未来が出会い、
未来の可能性を過去の事実に変え、
過去も未来も一切合切を引き受けます。
瞬間が包含する全体性に、
僕の意識は耐えることができるのでしょうか。

ホームに入ってくる電車に引き寄せられる、
その感覚は、分からなくもない。
どうして、ふらっ、と飛び込んでしまうのだろう。
どうして、電車なのだろう。
誰も答えてくれないから、僕は、僕の答を正解にするしかないけれど、
きっと、先頭車両と、僕たちの在り方が似てるんだわ。
脳が、うっかり飛び移る先を間違えてしまった。

その後、つじつまを合わせるため、
能動的に電車に飛び込もうという気持ちが作られる。
でも、なぜそう思ったのか、
それは、あらかじめ知っておいたほうがいい。
考える時間は、残されていないから。
  1. 2015/09/24(木) 11:16:33 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

ユウさん、こんにちは。

よく、まあ、こんな記事に、以下同文w。

>消失した過去と現在瞬間が連続しているように感じるのは、記憶があるからで。
きっと、瞬間が包含する全体性に、僕たちは立ち会えないのでしょう。
記憶が邪魔をして、現在という最前線に飛び移るには処理が追いつかない。
つまり、先頭車両の運転手にはなれない。
後ろ向きに座って、流れる景色を観察している乗客なのです。
次の瞬間、つまり、立ち上がった今という瞬間、線路が途切れていたとしても、
僕はストックした過去の記憶から、線路がないという現在に飛び移らなければならない。
>その自分の欲求を垣間見る瞬間に、
>その欲求がいかなるものかを査定しようとしてみるだけの記憶があるかどうか。
地縛霊、なんて発想は、飛び移る先を失ったことから来るのかな。

飛び込みを防ぐための、アイデアがあるので、
1週間以内に記事にします。
確実に減らせますよっ!
  1. 2015/09/24(木) 11:17:42 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

私も、よく、まあ・・・。

えらく難しい高度な文章で、私には到底ついていけません。
でもよくもまあこんな文章が書けるものだと感心したので、
思いついたことをちょっと書いてみたのですが。


上にあるものは下にもあると言われます。
世界はフラクラルな構造であるとも言われます。
打ち寄せる波は次々に生起し、また砕け散っています。
宇宙は一瞬に生まれ、一瞬に死に、その繰り返しの営みを、
永遠の昔から永遠の未来まで間断なく続けています。

生とは一瞬一瞬のエネルギーの連続であり、
それを感知できるものを存在と言うのでしょう。
人間の人生は神のマクロな視点から見れば、ほんの桶の中のひと滴の水。
そのひと滴の水は、集まれば、大海の水と呼ばれるのでしょう。

でも、一人ひとりの個人には、そのひと滴がひどく愛おしいのです。
だから「白線の内側にお下がりください」の内なる声に従うのです。
白線の前に出るのは、貴重な自分の存在を自ら破壊することですから。
  1. 2015/09/26(土) 14:40:34 |
  2. URL |
  3. ☆バーソ☆ #IGPPA7yY
  4. [ 編集 ]

バーソさん、こんにちは。

ほんばにぼ~、またまた、こんな記事に、以下同文w。

>宇宙は一瞬に生まれ、一瞬に死に、その繰り返しの営みを、
>永遠の昔から永遠の未来まで間断なく続けています。
>生とは一瞬一瞬のエネルギーの連続であり、
>それを感知できるものを存在と言うのでしょう。
宇宙の側からしてみれば、宇宙は生命を生み出して、
人を生み出して、やっと宇宙を想うことができました。
僕たちがいなければ、
時間が流れていることを体感する者がいなければ、
時間なんて、あってもなくても同じです。
宇宙の時間を流しているのも、僕たちかもしれません。
少なくとも、過去から未来に向かう流れを決めているのは、
僕たちのような気がします。

>でも、一人ひとりの個人には、そのひと滴がひどく愛おしいのです。
>だから「白線の内側にお下がりください」の内なる声に従うのです。
>白線の前に出るのは、貴重な自分の存在を自ら破壊することですから。
宇宙は僕たちを得て、自らを想うことができました。
自らがあることの不思議を知りました。
白線を越えないことは、宇宙からの期待であり、信頼です。

白線の内側にお下がりください
―― 駅でなにげに耳にする依頼の表現を、
白線の外側に出ないでください。
―― 禁止、つまり否定命令の依頼に変えてみます。
ふたつの文は、ほとんど同じ意味ですが、
後の文は、白線の外側に出ることに誘っています。
否定文は、肯定文に否定表現を付加して作ります。
僕たちは、一度、白線の外側に出されることになりそうです。
日本語は最後のほうで否定にひっくり返しますから、
表現を選ばないと、危ないですね~。

僕は、白線の内側が何を指すのか、
そこで迷うこともありますがw。
白線の5cmほどの幅の内側で、
つま先立ちをするのは危険だと思いながら。
  1. 2015/09/26(土) 20:13:17 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

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