馬鹿の世界の点景になりたい。

qinggengcai

仮題、空飛ぶクジラ 20


 なぜ、子どもたちに待ち伏せされているのだろう。
 しかも、昨日より一人増えている。
「応援しに来たよ、侑さんっ」
 含み笑いで、忠義が言った。
「応援なんかいらんて」
 困った子どもだ。
「観客が多い方が、やる気が出るよね」
 含み笑いで、洋が言った。
「見せもんやないて。見ててもなんにも起こらんし」
 迷惑な子どもだ。
「侑さんて、ずっと彼女いなかったの?」
 含み笑いで、安曇が言った。
「そんなことはないよ」
 失礼な子どもだ。
「でもなぁ、いてへんかったのかもなぁ」
「なにそれ」
「好きとか、つき合うとかって、こんなもんかなぁ、って気分やわ」
「ふ~ん」
「なんか、夢中になられへんねんな」
「そのわりには、通い詰めてるよね」
 口の減らない子どもだ。
「なんでやろね~。分かるまで通い続けるよ」
「侑さん、サポーターがいれば、アウェイでも平気だね」
 唐突に、洋が言った。
「なんのこっちゃ」
 要領を得ない子どもだ。
「今日は、ファン感謝デーだから」
 唐突に、忠義が言った。
「わけわからん」
 独善的な子どもだ。
「侑さん、今日はみんなで店に乗り込むよっ」
 唐突に、安曇が言った。
「はぁ?」
 恐ろしい子どもだ。
 君たちは、サポーターでもファンでもない。
 フーリガンだと思う。



  1. 2015年09月12日 22:36 |
  2. 未分類
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  4. | コメント:2

コメント

大人と子供って、本来連続してるはずだけど、何が壁なんだろう。
世界の理解の仕方が、切り替わる瞬間。
それが何なのかはとても難しいけども、
どこかで切り替えちゃったな。僕は。
切り替えちゃった側から見ると、
おいおい、子供のまんまじゃないかと思える人が、
結構、人を管理する立場にある人の中にたくさんいます。
そんなお子様達に管理されるのは、
僕としては、ちょっと御免こうむりたいな。
  1. 2015/09/13(日) 10:40:15 |
  2. URL |
  3. 海底まきがい #-
  4. [ 編集 ]

まきがいさん、こんにちは。

大人は、子どもが思うほど大人ではなかったし、
子どもは、子どもが思うほど子どもでもなかった。
この世界は、思いのほか期待外れだw、
それが分かったとき、僕は、もう子どもから滑り落ちていたような気がします。
次は、大人に駆け上らなければならないけれど、
実際は、大人の階段、なんてものはなくて、
子ども、というのは、フィクションで、
僕は、小さくて不完全な大人だったのではないかな。
バイトをするとか、免許を取るとか、恋愛をするとか、
切り替えは、そんなキャリアを消化しているうちに、なんとなく、でしょうね。
子どもと大人、その壁のひとつは、
問題を共有できるかどうか、だと思うのです。
それぞれが持っている答が、正しいかどうかなんてどうでもよくて、
―― 正しいかどうかなんて確かめる方法がないから、
問題が問題になるのであって ――、
問題を共有できない人からは、期待外れの答しか返ってきません。
そして、この世界は、思いのほか期待外れです。
  1. 2015/09/13(日) 11:43:01 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

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