馬鹿の世界の点景になりたい。

qinggengcai

文章は他者が作り出す


    >十二月の末から一月にかけて。
    >二月に生まれる子どもと三人で。
    >失なわれた二十一万の生命。

文章を玩具に、遊んでいる。
12、1、2、3、21、そんな数字の並びは、
僕が遊び倒した残滓のようなもの。
誰かに分かりやすく伝えたい、なんて思いを、
きっと、僕は持ち合せてはいない。

ある程度は、書き言葉を扱える自在さと、
ある程度の、扱いにくいもどかしさ、
その気になれば、作り込める自由さと、
作り込まずにはいられない窮屈さの間で、
作文は、僕の快楽になる。


    >それについて考えないほど、
    >僕は、馬鹿ではないはずで、
    >それについて考えられるほど、
    >利口でもないけれど。

言葉の並び、単語の組み合わせ、
パラグラフの行数、音読したときのリズム。
1行の文字数は、14、12、15、10、
つまり、7か5を足してできる数。
それらには、読まれる、という意識が働いている。


    真冬から、真夏に飛ぶ時制。
    柑橘類の八朔は、
    旧暦の8月1日頃に食べられることから、
    名づけられたらしいが、
    現在では、12月から1月頃に収穫されている。

そんなふうに、作り込む、ということは、
他者を取り込む、ということだ。
他者の批評の対象になったり、
他者から羨望されたり、軽蔑されたりする、
そんな客体になる、ということだ。

読まれる意識が働くことは、
読まれることを許容する、ということになる。
では、他者からどう思われるかについて、
僕は了解していることになり、
それができているのかが気にかかる。


つまりは、僕の文章は、他者が作り出す文章で、
僕は、僕が思っている他者が、
どのようなものかを書くことになる。
それが、大きく外れていると読めなくなるが、
外していないと、

読んでいてもつまらない。



  1. 2015年08月02日 21:29 |
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:8

コメント

青梗菜さん、こんばんは!!^^

>つまりは、僕の文章は、他者が作り出す文章で、
>僕は、僕が思っている他者が、
>どのようなものかを書くことになる。
ん?もう一回言ってもらえないですか。そうですか。^^;この2行目の頭に(なぜなら)を入れることは可能ですか?もしそうだとすると、人類皆そうなのではないかと感じるのでございます、触れる/触れない、見れる/見れない等々の違いはあっても?m(__;m
  1. 2015/08/03(月) 00:01:31 |
  2. URL |
  3. くわがたお #-
  4. [ 編集 ]

がたおさん、ここんにちは。

>つまりは、僕の文章は、他者が作り出す文章で、
>僕は、僕が思っている他者が、
>どのようなものかを書くことになる。
はい、もう一回言ってみましたw。

(なぜなら)を入れることは可能です。

くどくど説明する人は、
他人の理解力が劣っていると思っているし、
当りまえのことを教えてくれる人は、
他人が当りまえのことも知らないと思っています。

では、他人が望んでいることを、
どうやって知りうるのか、
それは、感性としか言いようがないかも。
それは、感性だから、
備わっていない人には、分からない。
備わっていない人が見過ごすものを捉える能力を、
感性と呼んでみるなら。
  1. 2015/08/03(月) 10:51:05 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

はじめまして

こんにちは。コメントいただきありがとうございました。

僕は啓蒙を念頭に置いて作文したいと思います。作文が快楽だと考えたことはありませんでしたが、まさにその通りだと思いました。やはりこうしていることは気持ちいいのは事実です。そしてまた、考えることは趣味とおっしゃりましたが、同じく僕自身はクセだととらえています。

考える、考えないについては単に、考える人と付き合いたいと思います。なぜならやはり馬が合うからでしょう。

自分と世の中がどうなっているのか、そうですね、自分が生まれたこの世界、境遇でどのように生きていくのか、結局そのことを考えているんだと思います。

正直な話、青梗菜さんのような独特な世界観があらわれたブログはあこがれでもあります。僕はまじめすぎてというか、おもしろみであったり、予期しないような見方ができないので、数字であったり、リズムであったり、抽象的なことであったりがちりばめられているところなんかは特にすごいと思いました。

気に入りましたので、リンクをはらしていただきました。もし問題がありましたらお手数ですがご連絡をお願いいたします。
  1. 2015/08/04(火) 13:26:22 |
  2. URL |
  3. hajime #-
  4. [ 編集 ]

hajimeさん、こんにちは。

はい、僕も考える人とつき合いたいです。
考える、とは
自分と世の中がどうなっているのかについて、
自分で答えようとする、ってことです。
だから、カントやニーチェの言ったことを、
がんばって理解したとしても、
考えたことにはならない、と思っています。

>僕はまじめすぎてというか、おもしろみであったり、予期しないような見方ができないので、
hajimeさんっ、自分で自分の間違いを、許容してくださいっ!

僕には、僕の生い立ちや、僕の恋愛や、
僕が読んだ小説や、マンガや、
テレビや、ラジオや、音楽や、映画や、出会った人たちや、
幾重にも積み重なった経験があり、
逆に、そんな経験しかなく、
僕には、誰とも分かり合えない独自性があって当然です。

世の中の一般的なことなんて、
世間一般に任せておけばいいけれど、
でも、世の中のことのだいたいが、
分かっているから僕の独自性を切り取って、
独自の世界観を示せるわけで、
つまりは、僕が書きたいことは、
意図的に世の中から外れたことだけになります。
世間は、それを、
間違い、と呼ぶようですよっw。
  1. 2015/08/04(火) 23:35:49 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

こんばんは

>独自性を切り取って、独自の世界観を示せる
これには才能が必要ではないかと思いました。

文章を書く上で、僕はどこかに書いてあったものを引用しているかその言いかえをしているにすぎないという感じがあるのでそう思います。

本を読んで理解しようとすることは、考えることではない。その通りですね。一方で、どんな考え方があるのかなど、世界を知ることにも関心があるので、そのバランスが難しいなと思っています。

世の中に迎合しない、世の中から外れていても、間違い、だとしても揺るがないものがあって、力強いですね。
  1. 2015/08/06(木) 22:26:38 |
  2. URL |
  3. hajime #-
  4. [ 編集 ]

hajimeさん、こんにちは。

>>独自性を切り取って、独自の世界観を示せる
>これには才能が必要ではないかと思いました。
自分の恋を、自分のエロを、自分の嘘を、
hajimeさんの、一回性の、個人的な経験を書けばいい、
ってか、もう書いてますやん!w

でないと、僕はコメントなんか書きに行きませんて!
  1. 2015/08/06(木) 22:41:43 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

こんばんは。

>一回性の、個人的な経験を書けばいい
これにははっとさせられました。自分のものを客観的に分析することは難しいですが、しっかりとした独自の世界観を構築する努力が必要のようです。

コメント、ありがとうございます。とても励みになります。
  1. 2015/08/20(木) 22:12:43 |
  2. URL |
  3. hajime #-
  4. [ 編集 ]

hajimeさん、こんにちは。

hajimeさんは考察を積み重ねてますから、
もうすでに独自の世界観が備わっていると思いますよ~!
僕みたいに、思いつきで雑感を書いているのとは、
わけが違いますって。

個人的な一回性の経験は、
実は、誰の参考にもならないし、
僕にとってさえ、再現性がないのですけどね~。
しかし、僕には、僕に積み重なった経験しかないので、
それが僕の世界のすべてになりますが。

例えば、こうすれば苦悩を克服できる、
こうすれば自殺を回避できる、
こうすれば成功できる、などなど、
それらは、法則ではなく、せいぜい帰納的な推論で、
たいていは、論理的に推論し得ない幸不幸の訪れです。
でも、僕には、
個人的な一回性の出来事がすべてみたいです。
  1. 2015/08/22(土) 22:10:35 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

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