馬鹿の世界の点景になりたい。

qinggengcai

汝、殺すなかれ


律法と十戒が刻まれた石板を抱えて、
モーセが山を降りたとき、イスラエルの同朋は、
偶像を崇拝し、乱痴気騒ぎをしていた。

モーセは言った。
「だれでも、主につく者は、私のところに」
レビ族が皆、…ということは、偶像崇拝や姦淫を煽動し、
モーセの詰問に嘘をついて逃れたアロンも…、
モーセのもとに集まった。

「イスラエルの神、主はこう仰せられる。
おのおの腰に剣を帯び、
宿営の中を入口から入口へ行き巡って、
おのおのその兄弟、
その友、その隣人を殺せ」

汝、殺すなかれの言葉があった石板は、
モーセが怒って叩き割った。
そして、3千人が殺された。



イスラエルの民、
3百万人の中の3千人は、決して多い数ではない、
そんな苦しい説明がなされるのだろうか。
しかし、何人だって多い。
どんなに分母を増やしても。

2001年9月、
ワールドトレードセンターの犠牲者の数は2,749人だが、
ニューヨーク市の人口を分母にしてみるか?
1人として、殺されなければならない理由がないときには、
1人だって多いことくらい分かるだろう。

殺される側に理由がなく、
殺す側の理由だけが語られるのなら、
僕は、どのようにして神とテロリズムを見分ければいい?



たぶん、僕は間違えている。
今を生きる僕たちの視点を、
モーセの書に投げるのは間違っている。
逆に、古い書物によって、
僕たちのホロコーストを色づけてはならない。

僕が間違えているのならいいけれど。
もしも、僕が間違えていないのなら、
ユダヤ=キリスト教は、

3千年も馬鹿を繰り返していることになる。



  1. 2015年07月30日 23:08 |
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:6

コメント

う~ん、青梗菜さんが言うように
やはり違和感はありますね。そのモーセのエピソードとトレセンを並べることには。
「しゆうきよー」があるから「手呂」がある…ってことではないですよね…。それは虚偽のように思える。

考古学的にはシナイ山が何処なのかすら確定していないし、モーセが実在したという証拠も全くないし…ユダヤ民族のせいしん構造を示すものが旧約かと。
シュメルから続いたメソポタミア文明の影響下で思考し、
どれいからの脱却に、
ユダヤ国家の成立に、
当時として何が必要なのか記されているのが出エジプト記かな…と思う。
全くのフィクション…とまでは言わないけど、ユダヤの思想史のような感じはする。

一方、トレセンは現実に起こったことだと現在時点で認識することが出来る。
で、並べると
「椅子らむ」は「椅子らむ」の教えを掲げて「手呂」をしていることがクローズアップされる。
イスラエルやNATOがユダヤ=キリスト教の教えを掲げてクウバクしているという感じはしないなあ。つまり十字軍とは大きく差違を感じる。

モーセのは「れんごうせきぐん」の総括みたいなもので…。
内紛を起こさないための粛清。
求心力が失われると組織がバラバラになってしまう。
ユダヤ=キリスト教に限らず、組織ってやつが維持を指向したとき、さつりくがあるわけで…。
求心力として思想や「しゆうきよー」が運用されることは常套手段。「しゆうきよー」は多くの者がまとまるための集合的アイデンティティに利用されているだけのような。

その組織を維持したい理由ってのは何なのか?
大概は組織の支配階級が支配階級であり続けたいがために組織を維持しようとする。
モーセは民族の分散を防ごうとしたのかも知れないけど、結局は分散してるw

支配階級である10%が世間を操作しようとする。
世間から外れた10%がそれに抗うなら階級闘争になる。
モーセに抗い、モーセをコロしてしまっていたら…
どうなっていたのだろうw
「手呂」は階級闘争の別の呼び名でしょう。

虐げられずに暮らせる国を作るためには
神のもとにひとつにまとまることが必要だという強い比喩。当時はそのくらいの心構えが求められたのだろうな~。
そんなものが現代での
さつりくの理由にはならないけど…。

『主なる神はこう言われる、誓いを軽んじ、契約を破ったおまえには、おまえがしたように私もおまえにする。』エゼキエル書16章59節。

このハムラビ法典に酷似したメンタリティが旧約に通低している。
契約とは、自らの命をもって誓うもの。

イエスは『誓ってはならない』と言った。
『法のために人がいるのではない』とも言った。

う~ん、ユダヤ=キリスト教、或いは「椅子らむ」と括って、神に責任を被せてしまうことには何か違和感があるな~w コロしたやつの責任なのであって、そいつに親和する(或いは利用している)思想や「しゆうきよー」の責任だとは思えない。しかし影響はあるだろうなあ。

仏教は詳しくないのですが…金剛乗は積極的にコロせとしていた?彼らにとって金剛乗の行いでも、一般にとっては「手呂」。
パンシガルとか、人をコロすことを勧める宗教は他にもあったけど…。

複雑だ…まとまらない(笑)
加減の問題かな~、過ぎたるは及ばざるが如しw

階級闘争のために思想や宗教は利用されているし、
また、思想や「しゆうきよー」が組織力をつければ階級闘争に発展するのかも知れないです…。うーむ。
あー、でも『荘子』だけは階級闘争にはならないかもw

コメントするのにワードが引っ掛かりすぎw
不正投降ですと何回も却下されましたw
  1. 2015/08/01(土) 19:04:13 |
  2. URL |
  3. 小奈鳩ユウ #0TSJikig
  4. [ 編集 ]

ユウさん、こんにちは。

>コメントするのにワードが引っ掛かりすぎw
>不正投降ですと何回も却下されましたw
ww、お疲れさまですっw。

うん、宗教があるから、テロがある、
ってことはない。
人は、きっと、誰でも、どんな宗教を信じていても、
大量殺戮はできません。
だから、テロを手助けする宗教が必要です。
その意味では、宗教があるから、テロがあります。

「汝、コろすなかれ」という言葉は、
僕たちの感覚としては、
コろすな、という禁止の命令とともに、
コろさないだろう、という否定の推量を含んでいます。
人は、本来においては、コろさない。
イスラム教徒にしても、ユダヤ=キリスト教徒にしても、
個人の良心は、大量殺戮を許さないと思います。

エノラ・ゲイの乗務員は12名、全員カトリック教徒。
そして、もう1人乗組員がいて、
カトリックのチャプレン、George Zableckaです。

George Zableckaで検索すると、
外務省、ですよ!w、このページ、
http://www.mofa.go.jp/policy/un/remark0908.html
なぜ日本語に訳さないww。

アメリカの支配層はWASP(White、Anglo Saxons、Protestant)は、
自分たちの手は汚しません。
庶民の多くが属していたカトリック教徒を選び、
原爆投下を躊躇させないためカトリック神父を乗り込ませました。
宗教の底支えがなければ、
大量殺戮はできないということです。

WASP以外は道具、そんな思想がアメリカ。
だから、いつも戦争。
集団的自衛権で、敵国だらけのアメリカとつながれば、
日本は、今よりも危険な状態になると思ってます。
  1. 2015/08/01(土) 22:31:02 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

青梗菜さん、こんにちは!!^^

私は自分の心臓が止まるのも嫌なのですが、車で人を撥ねるのも嫌です。後者が嫌である理由は、家族がきっと社会的や経済的に困る為です。轢かれた人のことも考えますが、誰を轢いてしまうのかわからないっす。

なぜ人をコロしてはいけないのかは、轢かれた人とその周りの人が困るからだと思います。ネットサーフィンしたら、「汝、コロすなかれ」よりも大事なことがあったからモーセはコロしたと書いてあった気がするけど、間違っている気が。^^;(一番大事じゃね?)

皆、生活があるとは思うけど(きっとそれしかないなんて、私は)。私は、いのち根性が汚いながら、少し考えて、この長文^^;を」書いたのでございます。m(__)m
  1. 2015/08/03(月) 14:25:19 |
  2. URL |
  3. くわがたお #-
  4. [ 編集 ]

がたおさん、こんにちは。

十戒には優先順位があって、
コろすなかれよりも、神に従うほうが大切とか、
悪をおこなう者に対しては例外とか、
だだ漏れのざる法なので。

個人が生きる拠りどころは、
家族や恋人や友だちや、そんな人たちを守る小さな物語です。
イスラム教も、ユダヤ=キリスト教も、
国も民族も、大きな物語で、
そんなもののために、誰も命がけにはなれません。
戦争は、家族愛を利用するのですね~。
愛する家族を戦場に行かせたくない、
そんなのと同じ気持ちを利用して戦うわけですが、
それは、なんだか、気になるところです。
  1. 2015/08/03(月) 22:03:57 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

こんにちは~

聖書にもだいぶ詳しいようですね。
こちらは頭が良くないとコメントしにくい雰囲気があるのですが。

>「汝、コろすなかれ」という言葉は、
>僕たちの感覚としては、
>コろすな、という禁止の命令とともに、
>コろさないだろう、という否定の推量を含んでいます。
「僕たちの感覚」というは適切な感覚で、本来のヘブライ語の
意味合いのようですよ。拙記事で書いたことがあります。

旧約の神はとにかく殺戮が好きで、でも新約は違うかといえば、
たとえばハルマゲドンとか最後の審判はまったく同じ思想です。
真面目な信者以外は全員削除してリセットなんですから。
(これについても書いたことがあります)

>どのようにして神とテロリズムを見分ければいい?
結局は同じだろう、どう違うのか、という言い方でしょうが、
要は、神の名の下に、あるいは正義という大義名分があっても、
とにかく人間をあやめるのであれば、それは悪の思考である、
という簡単な理屈なのでしょう。

でもそんな簡単なことが分からないのは、ちょうど糖衣錠のように
良さそうな教えにオブラートされていて表面が甘く感じるからで、
人間は甘い味のほうを無意識に選択する傾向があるのでしょうか。
  1. 2015/08/30(日) 11:52:51 |
  2. URL |
  3. ☆バーソ☆ #IGPPA7yY
  4. [ 編集 ]

バーソさん、こんにちは。

>拙記事で書いたことがあります。
>(これについても書いたことがあります)
ww、バーソさんがそれを書いた動機が気になる~。
人は、どんなときに、こんなに損にも得にもならないことを考えるのでしょうw。

僕たちは、ノアの末裔ですから。
ノアが方舟を出たとき、
方舟は、餓死者と凍死者と溺死者で山積みになっていたはず。
方舟の外の者には死ぬ理由が分からず、
方舟の中の者からの、外の者が死んだ理由が語られます。
糖衣するのも、シロップ漬けにするのも、お好み次第で!
  1. 2015/08/30(日) 14:52:44 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

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