馬鹿の世界の点景になりたい。

qinggengcai

返し論 4/4


    会話は、基本的には、質問と返答、
    問いと答えからなる。
    質問ばかりしてくる人とは、話が続かない。
    面接官は馬鹿でも務まる、そう思っている。

頭のよさは、答えに現れる、
問いに、どう返すかに現れる、
そして、返しの返しに現れる、
頭がいいな、と思わせられる。


    言葉が伝わらないことを知っている。
    しかし、伝わっていないことを前提に話はできないから、
    ほとんど伝わっていない言葉も、
    伝わっていることが前提になる。

実際に伝わっているかどうかは、
会話が成り立つかどうかとは、あまり関係がない。
だから、伝わっていることを伝える。
言葉を選んで、伝わったことを示してくれる。


    文脈が読めているから、
    問いを感じさせないで問うことができる。
    返しやすい返しを返して、
    返しやすい返しの返しを返すことができる。

つっこみどころを用意して、
つっこむところでつっこんで、
あるいは、わざと流して、笑いにつなげて、
そのお約束で、また笑い合う。


    お互いに、上滑りの会話に満足しない。
    いつか誰かとしたようなやりとりを、
    繰り返すのは無駄だと思う。
    面接官と就活生のような会話は、御免こうむる。

本に載っていることや、
誰かの言葉の繰り返しや、
ありきたりな感想では、
心理的な接点を得られない。

    ありきたりな会話は、
    他人との関係性を築くものではない。
    それらは、逆に、関係性を排除するときに、
    用いる会話だと知っている。

ひいては、僕たちの、社会性、日常性は、
関係性の排除だと気づいている。
心理的な接点を持とうとしない、
空々しい言葉の応酬だと知っている。


    6月6日に、雨ざあざあ。
    この記事に、コメントをつけてくる猛者は誰だ?



  1. 2015年06月06日 23:45 |
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4

コメント

この記事を料理するなら可愛いコックさんでは
いられないっ。
しかし、猛者でもいられないw
ゴルゴ13は少年に「あなたのようにタイガーになりたい」みたいなこと言われて
「俺はラビットのような男だ。タイガーのような男はすぐ死ぬ」みたいなこと返してたなあ。
寅から卯へ、卯から寅へ、メタモルフォーゼを繰り返しつつw

相手が「思考する上での基盤」として何を持っているかというのは、やはりどうしても透けて見える。

例えば仏教の概念があったとして、でもそれは唯一孤独な思考形態ではなくて、他のあらゆる思想の形態やタームに置き換えることが出来る。
神学や哲学は勿論のこと、小説や詩や俳句のセンテンス、漫画やアニメの台詞にだって置き換えられる。
ふと、洩らす「あー、疲れた…」なんて言葉にすら、奥にはその人の思考基盤がある。

使う言葉は違うけれど
みんなが同じようなことを考えている。
当然、「あー、それはあれと同様な考え方かも知れないな…」と類推することが出来る。
こちらが言うことを相手は、もう既に知っている。類似概念を保持している。
そして、なのに、分かってるけど敢えて
違う言葉でw

私が、「ぐぬぬ…頭いいな…」と思うひとは、それを理解しているひと。

人間の網膜は眼球の内側にある。視神経を脳に通すための部分では物が見えない。それは盲点と呼ばれている。
見よう見ようとしているとき、見えていなかったことが、
目を閉じたとき、やっとぼんやりと浮かんでくるときもある。

それでも見えていなかったことに、気付かせてくれる人がいる。盲点がある。私の盲点は他者の盲点と一致していない。
なんと素晴らしい♪


ありきたりな挨拶については、
天敵から身を守るため、
互いの生存確認のためにする意味のない発声としてのファティックという概念もあるけど…。

これも人においては正確には、通り魔がいて「キャー!」とかが該当するのかな…υ

「おはよう、今日は雨だね」
う~む……これも円滑な(上滑りな)コミュニケーションとしてファティックと言える気がする。
「雨だけど生きてここまでこれたね。ここに天敵はいないようだよ。少なくともワタシはアナタの天敵ではないよ」が含まれてて。

上滑りの意味のない挨拶は「キャー!!」の日常化したものかも…。
しかし天敵がいないからなあ……。
あ、でも人によっては挨拶がてらに誰かの悪口を言って天敵を作ってるきらいがあるような(笑)

挨拶は「キャー!!」の変形で、動物の本能。
「キャー!!」だけの情報なら考えるよりも逃げるべきで…「こんにちは」だけの情報なら此処に天敵がいないと知るだけで…どこかにいるかも知れない天敵について無視するわけで…。互いの盲点を無視していることになるわけで…υ

ありきたりの挨拶で留まることは、
その場以外で
互いに
互いの生存に無関心であることを示す…。

冷たく怖いところに行き着きました~(笑)



  1. 2015/06/07(日) 14:01:32 |
  2. URL |
  3. 小奈鳩ユウ #0TSJikig
  4. [ 編集 ]

ユウさん、こんにちは。

猛者ですねぇw、
ってか、ユウさんとは、ずっと前からお互いの間合いに入ってますからね、
もう済んだ話ですわw。
>相手が「思考する上での基盤」として何を持っているかというのは、やはりどうしても透けて見える。
はい、そして、相手もきっと自分を見透かしていると分かってしまう。
そこで、お互い端折るところは、ばっさり省いたりします。
省略を補わないところには、既知の類似概念が透けて見えているのでしょう。

仏教、神学、哲学、
絵描き歌、さいとう・たかを、ディック・ブルーナ、
間テクスト性を仕掛けたときに、
お互いに了解するコードとして働くのはうれしいことですが、
しかし、ユウさん、ぜんぶは拾わなくてもww。

>ありきたりの挨拶で留まることは、
>その場以外で
>互いに
>互いの生存に無関心であることを示す…。
はい、挨拶は大切ですけど、挨拶だけの人って、
見知らぬ他人よりも遠いなぁ。
ファティックとしての挨拶も、
ファティック型のFacebookも、LINEも、ブログも、
ありそうですね~。
そして、上滑りなコミュニケーションは、
長い挨拶なのかもしれません。

そうでした、
これは、返し論、についてのコメント返しなのでした。
まるで気負いがありませんがw。
  1. 2015/06/07(日) 15:42:08 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

青梗菜さん、こんばんは!!^^

(猛者の読みをネットで調べたのでございます。モウジャじゃなかった。国語辞典に載っていないはずだ。^^;)

本に載ってたことを朝礼で話してドヤ顔になったことがあります。^^;

>本に載っていることや、
>誰かの言葉の繰り返しや、
>ありきたりな感想では、
>心理的な接点を得られない。
相手がきっと興味を持たないからだ、と感じました。
  1. 2015/06/07(日) 22:24:34 |
  2. URL |
  3. くわがたお #-
  4. [ 編集 ]

がたおさん、こんにちは。

読みは、もさ、ですね~、
そして、がたおさんも猛者ですなぁw。

自分の言葉ではないことが、
ばればれだから、でしょうね~。
消化不良のままの、取ってつけた感が恥ずかしいw。
自分に馴染んでいて、
自分の経験に基づいているなら、
もう自分の言葉になってますけどね~。
  1. 2015/06/07(日) 23:19:50 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

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