馬鹿の世界の点景になりたい。

qinggengcai

屈託


まわりになじまない人がいて、
なじめない人がいて、
なじんでいるように見える人がいて、
自ずから同調できる人と、
無理をしながら合わせている人がいる。

その無理を、隠さない人がいて、
隠せない人がいて、
隠し通せる人がいて、
平気で無理ができる人がいて、
無理して無理をする人がいる。

それぞれの気持ちが、
なんとなく分かるのなら、
僕の僕らしさは、たぶん、ひとつではない。
そして、僕がその集まりでどんな人になっても、
僕は、屈託を抱えることになるだろう。


集団になじめない人は、
変わり者で、かわいそうな人、
ふつうは、そう評価される。
ふつう、とは、世の中の、画一的な、
単純化された秩序と言ってもいい。

当りまえ、と言ってもいい。
当りまえだから、考えなくてもいい。
当りまえには、説明はいらない。
違うことの説明は、
違うと思っている側に求められる。


当りまえのことを考えること、
考えなくてもいいことを考えること、
説明しなくてもいいことを説明すること。
分かる人には何も言わなくても分かるが、
分からない人には何を言っても分からないこと。

僕は、それを、
屈託と呼ぶ。



  1. 2015年04月21日 12:52 |
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

コメント

青梗菜さん、こんにちは!!^^

「屈託」は、御ブログを除くと私の日常では屈託のない笑顔、くらいしか馴染みがありません。御記事最初の方は、自然になじめる人と、そうでない人(無理をしてなじもうとする人)の二とおりがいて、前者は積極的になじみたいという意思は無く、後者はそれがあり(得意・不得意分野による?)、青梗菜さんはそのことに疲れてイヤになるという意味だと理解しましたがっ、果たして?!(質問ではありません。)このコメントは青梗菜さんにとっての屈託になるかなあ。^^;
  1. 2015/04/22(水) 17:03:09 |
  2. URL |
  3. くわがたお #-
  4. [ 編集 ]

がたおさん、こんにちは。

はい、疲れてイヤになりますね~w。
あなたのことも~ 私のことも~
思い出せなく なりたい~♪
他人のことも、自分のことも、
考えなくなれば解決ですね!

僕は、協調性はあるけれど、協調を真似ているだけで、
実は人づきあいが嫌いなのです。
ヤマアラシですなぁ、
ヤマアラシが身を寄せ合って暖め合おうとしても、
トゲトゲが刺さりますわw。
  1. 2015/04/23(木) 10:28:35 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

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