馬鹿の世界の点景になりたい。

qinggengcai

優しさ、に責められて


吉野弘の「夕焼け」で、
娘が年寄りに席を譲って、
立っていた駅間を数えてみる。

1人目、
礼も言わずにとしよりは次の駅で降りた。

2人目、
としよりは次の駅で礼を言って降りた。

3人目には席を代わらなかったので、
年寄りは、計2人、
それぞれ次の駅までの1駅間、合計2駅間になる。



1人目と2人目の年寄りは、
満員電車で立っていて、娘の前に押し出され、
最後の1駅だけ座ったことになる。

ありがた迷惑だったかもしれない。
1人目の年寄りは、礼の言葉もなかった。
あと1駅だけですから、そんな台詞が浮かんでくる。

娘にしてみれば、席を譲る行為は、
多少なりとも勇気のいることに違いない。
可哀想に、肩透かしを食らった気分だろう。

裏切られたような気持ちで
またおずおずと座る。
自分ひとりが、余計なことをしている。



二度あることは と言う通り、
その1行は、娘にも掛かる。
そして、娘は思い込んだ。

―― この年寄りも、
きっとすぐに降りる。



しかし、娘は、
席を代わらなかった3人目の年寄りを、
次の駅も、次の駅も立たせることになる。

次の駅より、その次の駅の方が、
最後の1駅間になる確率は上がる。
時間が経つほど、席を代わる意味は薄れる。

―― 時機は失われた。
なんてひどい結末だろう。



この詩の、底意地の悪さはここにある。
作者は、電車を降りたが、
娘と年寄りは、電車から降ろさない。

娘は座り続け、年寄りは立ち続ける。
どちらも、つらい気持ちで、
美しい夕焼けも見ないで。

作者は、この二人に、
何の咎を負わせるつもりか。

    141118a.jpg







  1. 2014年11月18日 23:01 |
  2. 優しさ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:12

コメント

センター試験、倫理の問題文です。

こみあった電車の座席に腰かけていたら、すぐ目の前に、杖をついた老人が押し出されてきた。そんなとき、あなたならどうするだろうか。
いろいろと迷う心のどこかで、やはり席を譲らねばならないのでは、と考える人も多いだろう。こうした、ねばならない、という気持ちは、一般に、どこから来るのか。

なぜそもそも若い娘は席を譲らないことを恥ずかしく思い、我慢しなければならないの?
  1. 2014/11/19(水) 15:45:44 |
  2. URL |
  3. oki #-
  4. [ 編集 ]

とうとう、ここまで来ましたね…υ
詩人が手放すことによって浮かび上がって来る
娘に対する精神分析学の領域。

「「私が」何をすれば、どうすれば
としよりがラクになるのだろうか…」

その役目をただ一人で背負い込んでいる娘。他の人など関係無く、娘は自身が抱えるもので煩悶する。

娘が実際に背負い込んでいるのは罪悪感だろうと思う。

娘は、としよりが辛いのは(実際に辛いかは関係無く、娘はとしよりが辛いと思い込む)、自分のせいだと思っている。だから自分が何とかしなければならない。
娘は、世界のすべての「辛さ」は自分のせいだと思い込んでいる。

娘は、家庭で苛烈なほどの躾を受けている(おまえが悪いと日常的に言い聞かされている)。
或いは、自分のために(少なくとも、そう思い込んでいる)誰かを酷い目に合わせてしまったことがある。

娘の罪悪感(見掛けは優しさの形態をとる)は癒されないまま、いずれ、取り返しのつかない事件を起こす。

ま、考えすぎかな…υ

でも、こう考えると詩人の行いがマキャベリズムに思えてくるから不思議♪
「夕焼け」が、ものすごくドス黒い詩に思えてくる(笑)

そして夕焼けはコールタールのような闇に飲まれて行く。
  1. 2014/11/19(水) 17:08:52 |
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  3. 小奈鳩ユウ #0TSJikig
  4. [ 編集 ]

okiさん、こんにちは。

席を譲らねばならない、
それは、道徳や慣習による規定かなぁ。
ねばならない、とは、違ってはならない、ということで、
老人が押し出されてきたら、席を譲る、違ってはならない。

みんな違って、みんないい、とか言いますけど、
他人の不幸を願ったり、困っているのを見ないふりをしたり、
そんなのは、みんないい、とは言わないから、
結局は、みんな違ってはならない、ってことでしょう。

社会的なルールを守ることではなく、
純粋に他者を思いやることから席を譲ったとして、
でも、その行為を省みたときには、道徳が紛れ込みます。

優しさは、生まれてしまった感情、
対して、道徳は理性だとしましょうか。
優しさは、優しさと捉えてくれなくても仕方がないし、
もちろん、見返りも求めない。
道徳に従うことは、理性に根差した企てで、
当然、結果にこだわります。
  1. 2014/11/20(木) 13:27:54 |
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  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

ユウさん、こんにちは。

僕の、3回目の誤読です。
もう浮かばないwww。

作者が電車から降りても、
娘と年寄りは、見捨てられたことに気づかない。
標本のように、娘は座り続け、年寄りは立ち続け、
地縛霊、ってやつですよw。

>作者は、この二人に、
>何の咎を負わせるつもりか。
マキャベリズムだとすれば、
こんな手段を正当化する目的は何だ?w

娘の様子は、脅迫観念ですよね~。
そして、読む側にも脅迫観念があるから、
誤読を許さない。
この詩は、国語や道徳の教科書にも載っていて、
授業では、この詩に共感できない人は優しくない、
そんな圧力がかかってますから、
生徒はがんばって共感したわけです。
教室では、道徳的で社会的なコメントの応酬が続き、
僕は、思ったことを正直に発言してはいけないことを学びました。

優しい女子に思われそうな仕草とか、
何故って、…だから、
そんな、優しい男子に思われそうな軟弱な表現とかも、
ついでに仕入れてしまったわけです。
  1. 2014/11/20(木) 13:29:11 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

こうなってくると、叙情的だと思っていた美しい夕焼けが、
無慈悲で、なんで美しいんだ馬鹿野郎、などと思えてきました。
俯き続ける娘も、立ち続ける老人も、置き去りにして去る男も、振り返ればどの立場にも立ったことがあって、どの状況だったとしても、胸が痛む。
「いつものこと」は、残酷だ。

この詩の不幸は、教科書に載ってしまったことでしょうか。
教科書に載っているからには、大多数が納得する正しい答えが用意されていなければならない。
最初から正解を知っている賢者には出来ない、面白い行ったり来たりだったと思います!
愚者の勝利、かなw。
  1. 2014/11/20(木) 19:31:21 |
  2. URL |
  3. ふふ #-
  4. [ 編集 ]

青梗菜さん、こんばんは!!^^

あんだよ~、結局3択肢に無いのじゃあないですか!!^^;でも納得してしまったよ~。
  1. 2014/11/20(木) 20:55:11 |
  2. URL |
  3. くわがたお #-
  4. [ 編集 ]

ふふさん、こんにちは。

あ~、そうですね~。
>俯き続ける娘も、立ち続ける老人も、置き去りにして去る男も、振り返ればどの立場にも立ったことがあって、どの状況だったとしても、胸が痛む。
あ~、そこですよね~。
優しさ、とは何か、
そんな客観的な、哲学的な問いを立てるよりも、
自分の身の回り、自分の経験に照らした答えを探すことが大切で、
やはりこの詩はいい詩ですわ。

>この詩の不幸は、教科書に載ってしまったことでしょうか。
ですよね~。
それも、道徳の教科書にw。
優しさが道徳に汚される、そんなふうにも読めるのに。

>愚者の勝利、かなw。
wっ!
  1. 2014/11/20(木) 21:44:53 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

がたおさん、こんにちは。

ん~、
作者の視線が気になって立てなかった説、
最初は、それしか思いつかなかったのですよ~w。

次に、作者による、優しさの取り違え説、
娘による、年寄りがすぐに降りると思い込み説、
と続きましたが、世の中的には、ぜんぶ不正解。
僕だって、試験に出たなら、
みんなが認める正解を探しますから。
  1. 2014/11/20(木) 21:45:28 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

センター試験の倫理の文章はこう続きます。
席を譲った方が自分も気持ちいいし、老人も休める。
こうして、みな気持ちいい、最大多数の最大幸福が生まれる。これが➖の考えです。
この、➖の部分を答えさせる質問で、どうやら、問題文を作った人は、席を譲るこれがお互い気持ちよくなると考えているようですが、どうでしょう?
我々はお互い気持ちよくなる為に席を譲るのかな?
周りが見ているから恥ずかしいとか、そういう理由の方が多いような。
詩の若い娘はどんな気持ちで、何処まで行ったろう?

  1. 2014/11/20(木) 22:21:11 |
  2. URL |
  3. oki #-
  4. [ 編集 ]

okiさん、こんにちは。

反省しながらちめちめ考えるから解からなくなる。
功利主義に当てはめたらそれで終わり、あとは考えない。
ってか、年寄りに席を譲るときに、
ベンサムなんか出してくるやつはいないだろ~www、
難しすぎるな~、センター試験。

そうか~、夕焼け、にも、
年寄りに席を譲る、にも、
すでに正解があって、
それを教わって、誰かに訊かれたときには、
それを教えれば済むことなんだ。
それでも、負けるな、愚者で行こう!
  1. 2014/11/20(木) 23:24:12 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

としよりが前に立った時には、
すぐ譲らないと、もう下を向くしかなくなりますね。

ちょっとでも間があいてから譲ったりしたら、
周りの人に、
「あ、迷ったけど譲ったんだぁ~」
って思われるかもしれない。
それは、邪念を読まれたようで、なんだか悔しい。
娘は、3人目のときは、一瞬、迷っちゃって、
タイミングを逃したのかもしれません。
体力的には、譲ってもよかったんだけど。
  1. 2014/11/20(木) 23:59:41 |
  2. URL |
  3. プラトニックまいまい #-
  4. [ 編集 ]

まいまいさん、こんにちは。

あ~、ですね~。
優しさが生まれたら、どう見られたとしても、
行動したほうがよさそうですね。
行動したことでかっこ悪い思いをしても、
やらなかったことで惹起する何かを、
回避しているのですよね、きっと。
やらないことは、何も起きないのではなくて、
それはそれで何かを起こすのでしょう。
  1. 2014/11/21(金) 12:02:10 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

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