馬鹿の世界の点景になりたい。

qinggengcai

優しさ、に抗って


結局は、自分のため、なのかもしれない。
しかし、それに気づいていても、いなくても、
自分の中に生まれた優しさからは逃れられない。
そんなこんなを説明したくて、吉野弘の「夕焼け」を引いてみた。

    もちろん、ひねくれ者の読み間違いくらいでは、
    この詩の価値は少しも減らない。
    僕は、この詩の繊細さを奇貨として、
    逆に、ありもしない鈍感さを捏造しただけのこと。


自分のため、といえば独善的に過ぎるが、
他者を理解することの困難さは忘れないほうがいい。
誰のせいでもなく、しかたがなく、
うまくいかない、すれ違う組み合わせがあるのだろう。



では、世の中の多くの優しさが、
優しいふりをした利権の獲得に見えたとしても、
特典を狙ったポイント集めに見えたとしても、
僕に何が解かるのだろうか。

ここにおいても、
他者を理解することの困難さは忘れないほうがいい。
利権の獲得や、ポイント集めでは独善的に過ぎる、
そんなすれ違う組み合わせがあるはずだ。



優しさ、なんてものについては、
おそらくは、考えなくても支障はないし、
考えても、生まれてくるものでもないし、
考えられた優しさは、かえって嘘くさい。

きっと、優しさは、宙吊りで、結論に至らないまま、
関心を寄せ続ける者とともにある。
検索窓に打ち込んで、答を得られるようなものではない。
表示された検索候補に、抗い続ける者とともにある。

その時々に、優しさを見つけよう。
優しさは、型にはめられるものではない。
まるで、色や形を変えながら、
空を移ろいゆく雲のようだ。

それでも雲は、雲であり続ける。

    141026.jpg







  1. 2014年10月26日 19:46 |
  2. 優しさ
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  4. | コメント:10

コメント

他人に優しくなる、他人の立場に共感する。
前に書いたかもしれないけど、共感は、ドイツ語では、Mitleid,これは、Mit-leid,で、Mitは共に、まあ英語のwithで、leidは動詞のleiden,苦しむ、から来ているから、Mitleid,共感とは、共に苦しむこと。
優しくするという行為は、貴方は、相手の立場に立って、共に苦しむことができますか、ということです。
相手が辛い立場なら、貴方はそれを見下ろして優しくするのではなく、同じ辛さに立てますか、ということ。
そこが根本でしょう。
  1. 2014/10/26(日) 20:10:32 |
  2. URL |
  3. oki #-
  4. [ 編集 ]

okiさん、こんにちは。

優しさは共感、ひいては、共に苦しむ、ってことか~。
いずれにしても、他者を理解することは困難で、
共感もそれに応じて困難です。

僕と同じコントを観て笑っている人は、
単に他人を馬鹿にして笑っているのかもしれないし、
よくこんな突き抜けた話が作れるな~、
と感心しながら笑っているのかもしれません。
それでも、馬鹿だね~、おもしろかったね~、を共感とするなら、
そこに困難はありません。
他者を理解することも容易でしょう。

同じつらさに立っているか、その確認が共感ですね。
そして、動機かな~。
優しさを、抱いてしまった感情とするなら、
優しさそれじたいは、もう問わないでいいのですけど、
どこから来た優しさか、その由来が気になるな~。
由来が違うと、共感もできなくなりそうで。
  1. 2014/10/26(日) 21:18:00 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

見かえりを求めないのが本当の優しさでしょう。

お爺さんは何も期待せずに鶴を助けた。
鶴の恩返しはお爺さんが覗いて終わります。

覗きこんで捉えようとしてはいけないのが、優しさだと思います。
認識、把握の向こう側に、優しさはあるのでしょう。
だから、「夕焼け」の詩人は余計なことをやっているのです。
善意は、覗きこんだり、戸を開けたりしてはいけません。

「鶴の恩返し理論」でした。
  1. 2014/10/27(月) 10:08:41 |
  2. URL |
  3. 瀧野信一 #-
  4. [ 編集 ]

本当は、自分のためらしいんだ、
とか、
実際のところは、優しくしたいのかどうかも分からないんだ、
とか。
そういう、掘り下げたところの心の声を、
相手に告白してしまうことは、
それこそ自分のためで、自分がスッキリしたいだけです。
結局、相手を不快にさせたら、もう優しくないのだから、
こちらで起こっている真実なんてものは、
自分だけがこっそり、知っていればいいことなのだと思います。

自分が発信している優しさに、なんの疑問も持たないでいられる人は、
とても羨ましいですが、
目指すところではありませんよねっ!!
  1. 2014/10/27(月) 14:20:49 |
  2. URL |
  3. プラトニックまいまい #-
  4. [ 編集 ]

瀧野さん、こんにちは。

見かえりを求めない、その要請には、
見かえりを求めてしまう、が伏在しています。
僕は、僕の世界から出られないから、
自分のため、が結局になりますが、
でも、そうぢゃない。
誰かを助けようとして、命を落とす人に、
まったく見かえりはありません。

優しさを抱いたときには、
気持ちが起きた瞬間に行動に移ります。
自分のため、なんてしらけた気分は蹴散らされて、
考えること、言葉をかけること、行動すること、
認識も把握も、ほとんど同時で、
鶴はそのように助けられたのだと思います。

そのために、いつも優しさを宙に浮かべておきたいと、
そうありたいと思った次第で。
  1. 2014/10/27(月) 18:43:37 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

まいまいさん、こんにちは。

>そういう、掘り下げたところの心の声を、
相手に告白してしまうことは、
それって、実際のところ、
その文脈が伝われば、ほとんど解決なのですけどね。
まいまいさん、面倒くさいな~、と相手が笑うなら、
問いも答えも吹き飛ばしてくれます。
そのあたりまで、さくさく掘り下げることを共感と呼ぶのなら、
共感は、とんでもなく稀有なことに成り上がってきて、
めったに得られるものではありません。

はい、目指すところではありません。
しかし、僕は無邪気にやってしまうのですよね~。
さぁて、どうしたものかな、ふむ。
  1. 2014/10/27(月) 18:44:19 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

日本語だと
「人を憂える」だから
心配するって意味合いで、多少、上から…を匂わせるかな…。
でも心配は「こころくばり」であって、相手の心情を充分に考慮すること。
多分…相手を理解したいと思う気持ち…が優しさかな…υ
「何故かを知りたい」そして「知っている答えの確認」という知的欲求が優しさの本質かも…です。


前のコメント欄でヨブ記の話が出ていたので…ちょっと…。

義人ヨブは、見返りを求めて神に仕えているのかどうかを試され、ある日から急にスゴい悪いことばかり起こるようになる。

 ヨブの奥さんのセリフ…
「あーあ、あんたのせいで最悪…意地張ってないで、さっさと神さまに呪いの言葉を吐きかけてさ、さっさとコロされてラクになれば?」

それに答えてヨブ
「お前…なんも考えてねーな……」

 ヨブの三人の友人のセリフ…
「お前、義人っていわれてっけどさあ、ほんとは隠れて悪いことしてんじゃね?」

「神様に嘘ついてるから、ひどい目にあってんじゃねーのか?」

「いや、マジで、おめぇが気付いてねぇだけで、ぜってぇ、やってっから」

それに答えてヨブ
「…黙れよ、それがお前らの知恵になると思うぜ…」

以上、意訳は私による(笑)

でも「黙れ」なんて言ってたヨブは神と直接話すことを欲する。

以上をかんがみると
青梗菜さんは、「優しさ」のイデアと直接に話すしか
もう手がないようにも思えてくるけれど…
その「優しさ」のイデアが何なのかを考えたのが、この一連の記事だからなあ…υ

たとえば、「夕焼け」を書き換えてみる…というのは、どうですか?
青梗菜さんが思う「優しさ」が実現しているような詩に書き換えて提示してみる…。
そんなことしたらファンに怒られるのかな?(笑)

ちなみに私は面倒くさい理屈が大好きです♪
考えることは娯楽のひとつです(笑)

  1. 2014/10/27(月) 21:30:15 |
  2. URL |
  3. 小奈鳩ユウ #0TSJikig
  4. [ 編集 ]

ユウさん、こんにちは。

>たとえば、「夕焼け」を書き換えてみる…
そんな、おそれ多くてw。
前の記事で、じゅうぶんすぎますってw。

相手を理解したいと思う気持ち、
それがどこから来た優しさか、その由来が気になりますが、
それは宙に浮かべておきましょう。
答えの確認は、共感でしょうか。
優しさについて掘り下げる、その掘った深さについて共感が得られなければ、
答えの確認をする気にもなれないから、
共感は、なかなか得られるものではなくて。
共感されないことに嫌気がさして、
共感を求めない、という復讐にも似たあきらめがわいてきますが、
それも、宙に浮かべておきましょう。

優しさについて気にかけていると、
それに呼応するものごとに注意が向かいます。
世の中の、優しさを含んだものごとがシンクロして見つかる感じ。
シンクロするのは、僕の外側の出来事どうしなのですが、
シンクロさせているのは僕の内側で、
そう考えると、偶然は、偶然を装っているだけで、
思いのほか偶然ではありませんね~。
優しさを気にしていると、困ったことに、この世では、
優しくないことばかりが目につきますけどねw。

形を定めない、テンプレートによらない優しさが、
互いに認められて、行ったり来たりする関係性に憧れます。
それが、仲良し、ってことかもしれません。
その時々で形を変えて、
でも優しさは優しさで変わらない。

聞きかじりの、
誰かの受け売りを自分の考えだと思い込んでいる人は、
教えたがるのですよ~w。
誰かに教わった、からですね。
考える人が報われる方法は誰かに教えることぢゃない、
考える人と出会うことです!
  1. 2014/10/28(火) 23:50:24 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

青梗菜さん、こんばんは!!^^

この記事(詩っぽい?)で「検索窓」という言葉を覚えました。優しさについて考えたことのある哲学者(?)がいるのかわかりませんが、優しさとはもやもやしたものなのだと感じました。^^;

図書館から借りている『心理学大図鑑』の索引に「優しさ」という項目はありませんでした。一番近い項目は「モンテッソーリ学園」と「ヤロム,アーヴィン」でした。m(__;m
  1. 2014/10/29(水) 00:16:44 |
  2. URL |
  3. くわがたお #-
  4. [ 編集 ]

がたおさん、こんにちは。

心理学大図鑑っ!
図鑑、ってのがいいですね~。
大、までついてるしw。
さすが大図鑑、モンテッソーリ学園、って心理学とどんな絡みが?
アーヴィン・ヤロム、って誰?

検索窓に打ち込んだら、
Googleは、予測される語彙を表示してくれるから、
検索候補に逆らわないと、ついつい最大公約数的な考えに誘われます。
いつまでも、反抗期の中二病なのですね~、僕はw。
  1. 2014/10/29(水) 00:45:55 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

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