馬鹿の世界の点景になりたい。

qinggengcai

優しさ、に伴って


他人に優しくありたいのも、
結局は、自分のため、なのかもしれない。
少なくとも、自分の都合、ではあるらしい。

誰にでも優しくできるわけではないのなら。
優しくしたい人と、
優しくしたくない人がいるのなら。

関わりたくない人とは、
どんなふうにも関わりたくない。
狭量な僕なら、好意を返されることさえ御免こうむる。


優しさは、誰かに対するもので、
対象を抜きにして考えるものではない。
その誰かとの関わりでしか生まれない。

おそらくは、考えるものでもない。
それは、その誰かとの間で、自分の側に生まれた感情で、
理屈はいつだって後になる。

相手が、優しさを求めているかどうかも分からない。
きっと、優しくされる側が、
優しさを成り立たせているときもあるのだろう。

相手が、優しさと捉えてくれるかどうかも分からない。
自分の中に生まれた感情を表しても、
すれ違う組み合わせは、幾通りもあるのだろう。


結局は、自分のため、なのかもしれない。
しかし、それに気づいていても、いなくても、
自分の中に生まれた優しさからは逃れられない。

それが、確かに生まれた感情なら。
無数にいる人の中で、
その誰かとの間にだけ特別に生まれた感情なら。


そして、優しさとともに、
その誰かが唯一の人であるという転倒が生まれる。
僕が、僕という唯一の人であるのなら、

その誰かは、世界で唯一の人になる。

    僕が、僕という唯一の人であるのなら、その誰かは、世界で唯一の人になる。







  1. 2014年10月14日 21:07 |
  2. 優しさ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:10

コメント

私の場合は、
対象にどう接するか、よりも、
私自身がどういう人間でありたいか、
で決めているように思います。
でも、その決め方は、
ちょっとさみしいことなのかもしれないです。
  1. 2014/10/15(水) 13:01:07 |
  2. URL |
  3. プラトニックまいまい #-
  4. [ 編集 ]

優しさのトートロジーのような……。
物事を突き詰めるとそのようになるのでしょうか。

おっしゃるとおり、優しさには対象があります。
ある人とある人の関係が優しさを生みだす。
どういう関係かで、生まれる優しさも変わります。
だけど、そこで変わらない優しさを結局求めてしまうのでしょうね。
「その誰かは、世界で唯一の人になる」というのは、無数の優しさとの差異化の果てに見いだされる光景ではないでしょうか。
ということは、優しさは自分のためだろう、といっていては見えない光景のような気がします。
  1. 2014/10/15(水) 13:22:07 |
  2. URL |
  3. 瀧野信一 #-
  4. [ 編集 ]

優しさ、例えば、お母さんが子どもに接する時の優しさ、介護ヘルパーが老人に接する時の優しさ、青梗菜さんが思い描く優しさ、いろんな意味の優しさがあるように思う。
優しさ、と一括りにすると、曖昧になる。
状況ごとに、優しさは違い、優しさは自分の為という認識では当てはまらない部分も出てくるな。
  1. 2014/10/15(水) 19:25:33 |
  2. URL |
  3. oki #-
  4. [ 編集 ]

敢えて…

うーん、恋愛に絡めてのロマンチシズムだとは分かっているのですが…
今、読んでる本にデカルトが引用されていたので、ついつい、そっち的に考えてしまいました。

デカルトの考え方だと感情の発生には順序があるそうな…。

まず対象への驚嘆があって、それを重視し、自分より大きいと捉えたとすると謙虚が発生して、重視したものが自由意思によって善をなすものだと判断すれば尊敬が発生して、その善が自分にとって都合が良いと愛が発生して、その都合の良い善を求めて欲望が発生する…みたいな。

対象を軽視すれば、高慢、軽蔑と発生していって、それに対して優しくはなれない。
デカルト的に見た場合、
青梗菜さんが相手に抱く驚嘆とは何なのか?

驚嘆…これって理屈でない好み…というか…嗜好というか…そういうものだったりすることもありますよねw

ベタなところだと
髪、長っ!! とか、
Fカップだ!! とか(笑)

女性の方でしたら男性に対して…
手ぇ、でかっ!! とか
すげえ力…とか(笑)

恋愛に絡む「優しい」には「フェティシズム」が影響している…。もしかすると全ての「優しい」にフェティシズムが影響しているかも知れない。

フェティシズムが身近な人の「優しさ」から形成されている場合がありますよね、

髪の長いお姉さんに優しくされた思い出が長い髪への嗜好を惹き起こす…とか。
好きになるひとは、みんな、お父さんに似てる…とか。

仮説…
「対象を過去に優しくしてくれた人と重ね合わせて認識しているからこそ、優しいは起こりうる」

これだと「唯一」はあやしくなってしまうけれど、「自分のため」という部分では強固になりますね。
また、あの優しさが欲しいという。

いや、こんなズレたコメントはしなくてもよかったんですけど…υ
感情を考えること自体が難解なのに、
さらに道徳や善悪を抜いて「優しい」という感情を考えることは超難解で、それこそトートロジーに行き着くほかない…υ
そこを、敢えてやるという試みに青梗菜さんの気概を感じて、
敢えてコメントをっ(*´∇`*)

  1. 2014/10/16(木) 00:18:57 |
  2. URL |
  3. 小奈鳩ユウ #0TSJikig
  4. [ 編集 ]

青梗菜さん、こんにちは!!^^

>狭量な僕なら、好意を返されることさえ御免こうむる。
こうむられると(?)、つらいし、恐いです、私は。^^;こうむる(?)側に自分が立つ場合は、、(例えば、「ありがとうございます。」と言われて、)「感情がこもってないよ。」とか、「(感謝なんか)思ってないくせに。」と思う時ものに。^^;

>優しさは、誰かに対するもので、
冷蔵庫とかの機械に対しては?自己満足の優しさは?打ち消しの文確かに(?)自分に対して優しくするのと自分以外に対して優しくするのは、意味が違う気が。

>おそらくは、考えるものでもない。
例えば会社のダスキンタオルの動きに違和感を感じた時、中を調べる方が周りの人たちに対して優しくすることなのだろうけど、めんどくせーと考えたり(?)します。^^;

>その誰かは、世界で唯一の人になる。
私の勘ではこれが結論なのだと感じますが、ここに至るまでのコメントは、書けませんでした。m(__;m
  1. 2014/10/16(木) 14:46:13 |
  2. URL |
  3. くわがたお #-
  4. [ 編集 ]

まいまいさん、こんにちは。

自分の中に生まれた優しさをどう扱うか。
外に表すことに抵抗がなければいいのですけどね。
表現することを自分が許容しないとき、
替わりに入ってくるのが、たとえば、さみしさでしょうか。

生まれてしまった優しさからは逃れようがなく、
表現するか、しないか、それくらいしかできません。
吉野弘の「夕焼け」は、そんな詩だったな~、
自ら抱えてしまった優しさから、罰を受けているような。
  1. 2014/10/16(木) 21:33:18 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

瀧野さん、こんにちは。

多様な優しさを、ひとつにまとめて云々すると、
さすがに無理がありますね~。
さらには、多様、なんてものではなく、
その時々の、一度きり、ではないかと思うのです。
生まれては消える、その繰り返しで、
その行方が気になっただけかもしれません。
この一回性は、科学的な再現性、普遍性とは相容れず、
認識することが大切で、もしかしたら、それがすべてで、
解釈しようとすれば、途端にこぼれ落ちます。
でもね、たとえば、吉野弘の「夕焼け」を読めば、
たいていの人が僕と同じ気分になるのではないか、
そんな再現性、普遍性に誘われるのです。
  1. 2014/10/16(木) 21:35:29 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

okiさん、こんにちは。

一括りにしたくなるのですよ~。
どんな優しさも、同じ起源で、多くのものを共有していて、
末端の最後の分岐で、見かけを変えているだけではないか、
なんてふうに思いたいのです。
優しさは自分のため、そんなふうに思えるときも、
そう気づいてしまっている意識がそうさせているだけで、
最後の分岐で、出口が違っているだけではないかと。
  1. 2014/10/16(木) 21:36:22 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

ユウさん、こんにちは。

恋愛に絡めてのロマンチシズムは、
日常にあって、誰でもたどり着ける極北、ですからw。

驚嘆、ですか~w。
重視はするのですけど、重いってほどでもなくて、
軽視はしませんが、軽くないとだめなのです。
では、普通、がいいのかもしれません。
もちろん、僕にとっての普通で、
普通はこうだろっ、普通はこれくらいで伝わるだろっ、普通はそうなるだろっ、
そんな普通の文脈に、瞬時に普通を返されたときは、うれしいですよっ、
驚嘆を抱きます。
だから、自分を重視するように重視して、
自分を軽視するように軽視する、
自己を肯定するように、否定するように、肯定する、否定する、
好きになる人は、みんなどこか僕に似ているのです。
またまたトートロジーに行き着きそうで、
でも、相手は僕とは違う道を通ってきたわけですから、
僕とはぜんぜん違っていて、不思議ですよっ、
驚嘆を抱きます。

このあたりまでくると、相手を批判的に見積もる機能が働きません。
Fカップもお尻も重要ですけど、
それはもう、最重要なのですけどw。
  1. 2014/10/16(木) 21:40:08 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

がたおさん、こんにちは。

わはw、心配性だな~w。

機械に対する優しさは、確かにあると思います。
機械との関係性は、片思いで、自己完結で、
でも、確かにあるんだな~。
ミニとか、70年代のアンプとか。
めったに弾かない6弦ウクレレも。

どうでもいい機械は、ほんとにどうでもよくて、
そのあたりも人に対する優しさと似ています。
あ~あ、勝手なんだな~、おれw。
  1. 2014/10/16(木) 21:42:11 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

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