tetsugaku poet

qinggengcai

得たものと失ったもの


時間という言葉には、
進歩や発展の観念が紛れ込む。
すっかり時間の顔つきだから、
見間違えるのは僕だけではないはず。

進歩や発展は、
手放しで喜んでいい、わけではない。
それらは無償ではなく、
必ずなにかを反対給付にする。


例えば、月 ――。
今、僕の駄文を映し出している端末があれば、
僕たちは、1分もかからないうちに、
月の裏側の映像を見ることができる。

僕たちは、この映像と引き替えに、
自由な想像を失った。
竹取物語にもジュール・ベルヌにも、
心を動かされることはなくなった。

僕たちが得たものと失ったもの。
どちらが僕たちにとっての幸福につながったのか、
誰も答えることができないから、
誰も訊こうとはしないけれど。

もしも、選ぶことができるのなら、
僕はどちらを選ぶのだろう。


例えば、こんなクルマ ――。
以下省略。

    rover_mini_140821c.jpg







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  1. 2014年08月25日 23:03 |
  2. 時間
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:10

コメント

進歩史観には、円環的な循環史観が対置されます。
日本人も進歩史観の成長型社会から、定常型社会に切り替えないといけませんが、どうなるのやら。

科学技術・文明の功罪は、それを享受してしまっているわたしたちには基本的に問えない、と思います。
思考停止せずに更に考えてみると、科学技術・文明が悪いとして、極論でいえば、原始生活に戻れるか、という話になります。
わたしたちを生みだし、育てたのも科学技術・文明であるので、わたしたちから切り離されたところに、科学技術・文明があるわけではありません。
それは自己包含的な観念なのです。
わたしたちは否応なしに科学技術・文明の果実のなかで日々生活し、許されるかぎりの選択をする。
そのなかで、本当の豊かさとは何かを考えるべきでしょう。
  1. 2014/08/26(火) 10:52:53 |
  2. URL |
  3. 瀧野信一 #-
  4. [ 編集 ]

こんばんは

こんばんは、青梗菜さん☆
いろいろ便利になってゆくこと、知りたかったことが
どんどん紐説かれていくこと等の喜びがあるのと同時に
そこに向かって突っ走っていた最中の、夢や憧れが
懐かしく思い出されることってありますよね。

例えがクルマじゃなくて申し訳ないのですが(笑)

“手紙は、時という試練を超えてやってくる”

という言葉に心打たれたことがあります。
一刻も早く相手の気持ちが知りたい、とは思う。
メールがすぐ返ってくるのは本当にうれしい。
でも、郵便配達員のバイクの音の待ち遠しさや、
すぐには届かない理由をあれこれ思い巡らし、
届いた手紙をとりあえずは抱きしめるって事も
懐かしく感じることもあるのです・・。

無いものねだりではなくて、瀧野さんが言われるように
“本当の豊かさとはなにか”という言葉を常にそばに
置いておけば、自分を納得させるぐらいの答えは
出てきそうな気がします。
  1. 2014/08/26(火) 21:06:10 |
  2. URL |
  3. えり #YpXcA9.U
  4. [ 編集 ]

幸福、
それは、ある状態ではなくて一時的な感情だと
私は思うなあ。

月の写真を見た直後でも
人の頭の中では
月には都があって、かぐや姫がいて、兎が住んでいてお餅をついてるんですよ(笑)

いや、ことによると
実際にNASAは情報を隠してるかも知れない…
月では兎がお餅をついてることを!!
そのお餅が地球…特に日本に輸出されてて、月の都の経済を支えてるかも。輸入してる会社名はサトウかも!!

謎はまだまだ多い…多いどころか、何も分からないw

私はクルマ詳しくないのですが、不都合が多くても、やはり青梗菜さんはミニがお好きなのでしょう♪
クルマを単なる移動手段として感じてないのですな。相棒なのですな。ミニに名前とか付けてます?
テレキャスには?
私のアコギのアコちゃんは、今頃よその誰かに弾かれてる…(泣)
ま、上手い人に弾かれてるならアコちゃんも嬉しかろう♪
いったい、なんて呼ばれてるのかw

うーん、とどのつまり
なんでも一長一短ですな♪
  1. 2014/08/26(火) 21:27:58 |
  2. URL |
  3. 小奈鳩ユウ #0TSJikig
  4. [ 編集 ]

瀧野さん、こんにちは。

ですね~、もちろん科学技術・文明はぜんぜん悪くない。
僕たちは生まれた時から、心やさしい、ラララ科学の子です。
そして、論文的な極論は、原始生活まで戻るとしても、
僕の思考の停止線は、せいぜい昭和の後半まで。
それ以上は考えない、考えられないという思考停止が、
僕の思考の安定を支えているのでしょう。

月の裏側は所与になりました。
1分も待てば、他から与えられることに対して、
僕の頭は、何かを想像しようとはしないのですね。

もの知りにはなれるとしても、
考えることをやめてしまっているのです。
  1. 2014/08/27(水) 01:57:41 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

えりさん、こんにちは。

手紙は、ちょうどいいくらいの時間がかかるから、
想像して、考えて、
そんな時間が、気持ちを育てるのでしょう。

無為で、生産性のない時間ですけど、
きっと、いろんなことに思いを巡らせる内的作業が、
僕たちの文化を作ってきました。
もちろん、すくに返ってくるメールも文化ですけどね。
  1. 2014/08/27(水) 01:58:36 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

ユウさん、こんにちは。

わはwww、名前はつけませんよ~。
ミニはミニ、テレキャスはテレキャス、
じゅうぶんいい名前ですよね。
何も言ってないような、そっけない名前です。

ミニに乗っていると、
僕が欲しているのは欠落なのかな、と思うことがあります。

大好きで、しかし、いろいろと欠落しているものに対しては、
欠落のない見かけを捏造しようとする意思が働きます。
欠落は、想像で埋めるほかはないのですが、
ミニについては、僕には、欠落こそが捏造されたものと思えるほどの物語ができてしまい、
すでに物語が機能していませんw。
そういう意味で、再び、欠落を欲しています。
ミニは、物語、反物語の、50年分のストックです。
  1. 2014/08/27(水) 01:59:56 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

科学が月に関する想像力を奪った、という話なら、リチャード・ドーキンスの『虹の解体』に連想がいきます。

詩人キーツは、ニュートンの光学が虹を単なる光の屈折に貶めてしまった、と科学批判をする。
しかし、ドーキンスはむしろ逆に、詩人は科学がもたらすインスピレーションにもっと耳を傾けるべきだ、という。
『虹の解体』は科学啓蒙書で、タイトルに惹かれて読むとがっかりします。

ニフティで弥一さんとこの本が切っ掛けでやりあったという昔話があるのです。
月も虹も、今でも美しくて、昔ほどではないにしても、文学的価値はまだまだありますね。
  1. 2014/08/27(水) 15:57:49 |
  2. URL |
  3. 瀧野信一 #-
  4. [ 編集 ]

青梗菜さん、こんにちばんは!!^^

第五パラグラフ(?)限定でコメントします。m(__;m
(理由:パラグラフとパラフラフとの関係が、僕には難しすぎる為。)

幸福になれると思って進むのではと感じました。逆に(?)確信犯的に進む人っているのかなあ。
  1. 2014/08/27(水) 17:32:11 |
  2. URL |
  3. くわがたお #-
  4. [ 編集 ]

瀧野さん、こんにちは。

虹の解体、ですか~、いいタイトルだな~。
僕が、もの知りでなくてよかったと思えるのは、
ニュートン物理学にも情緒を持ち込めることかな。
ものを知らない、ってことは、発想が自由なのですね~。
どんどん間違えた方向に行って、
正解を知ったときには、びっくりするのですけどw。
そんな僕も好きですし、そんな誰かも好きです。
馬鹿だな、と思いながら、
でもね、もう僕は、
正しさは求めてないのですよ、きっと。
  1. 2014/08/28(木) 23:01:30 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

がたおさん、こんにちは。

お~、幸福、そこですか~w。
ユウさんにも拾われてたなぁ、
そこは返さずにスルーしたけどw。
もしかしたら、不幸を選び取っているような人も、
いるのかもしれませんよ~。
なので、宙に浮かべておきます。
誰もが幸福を指向していると、誰に言い切れるのだろう、
そんな感じに。
  1. 2014/08/28(木) 23:02:37 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
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