馬鹿の世界の点景になりたい。

qinggengcai

人は互いのために生きている 2/5


よく言われる台詞だが、
人も互いのために生きている。

…… 江戸時代の農民が、飢饉(ききん)にさいして、
互いに自分の子を他人の子と交換して、その肉を食べた例 ……
―― ひかりごけ



昔話の「かちかち山」は、
室町末期に成立したらしい。
きっと、タヌキ汁と称して、
家族で婆さんを食ってしまったのだろう。

昔話には、ほとんど例外なく、
どこか後ろ暗い邪悪さが描かれている。
それは、狐や狸を擬人化して語られていても、
―― 擬人化というからには自明だが、
人の邪悪さにほかならない。

語り継がれる話があるのなら、
その起源となる出来事があったと考えるのが、
―― なかったと考えるよりも、
余程、妥当だろう。

昔々、あるところに…。
不確かな昔、不確かなところで、
不確かな出来事が、
しかし、それは確かにあった。

翁童は、半ばこの世の者ではない。
子どもは異界に片足を残し、
年寄りは異界に片足を突っ込んでいる。
曖昧な存在の彼らは、間引かれて、
あるいは、捨てられる。
人を殺すという意識は薄い。
彼らは、異界に戻されて、
あるいは、異界に送られたのだから。



子どもは、きっと、
顔を差し出さなかったから交換されたのだろう。
婆さんは、笑顔を差し出して言ったに違いない。
言わなかったとしても、ちゃんと顔に書いてある。
アンパンマンのように微笑んで。

おなかが すいた ひとに
たべさせて あげるよ。
―― アンパンマンの からだの ひみつ ―― かお



    『ひかりごけ』/武田泰淳著、
     1964、新潮文庫
    『それいけ! アンパンマン ひみつがいっぱい 1』
     /やなせたかし原作、2000、フレーベル館

    昔々、あるところに…。不確かな昔、不確かなところで、不確かな出来事が、しかし、それは確かにあった。







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  1. 2014年08月10日 21:14 |
  2. 未分類
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  4. | コメント:2

コメント

「ひかりごけ」で来ましたか。
それが、アンパンマンに繋がるところが粋。

武田泰淳は短篇作家だ、否、そうじゃない、と見解が分かれますが、青梗菜さんはどう思いますか?

サマセット・モームも短篇作家かどうか意見が分かれます。
わたしは、ふたりとも長篇を書いているけれども、本質的には短篇作家だった、と思っていますが、どうでしょう?
  1. 2014/08/11(月) 15:17:38 |
  2. URL |
  3. 瀧野信一 #-
  4. [ 編集 ]

瀧野さん、こんにちは。

> それが、アンパンマンに繋がるところが粋。
わはwww、笑顔で自分を食わせるやつは、アンパンマンしかいない~w。

アンパンマンに繋がるところが僕で、
学術的な問いかけを含んでいたとしても、
論証的に書いているわけではなく、
連想ゲームで、自由な試論だと改めて思う次第。
参考文献に、バラモン教と仏教と新約聖書、
武田泰淳とアンパンマンが挙がってます。
次は、絵本と少女マンガも加えたいw。

ちょっと~、瀧野さん、
訊く相手を間違えてますよ~w。
武田泰淳は『ひかりごけ』、
モームは『月と六ペンス』と『モーム短篇選上・下』、
それだけしか読んでいないので。
それだけでも、たいしたものです、世の中的には。
  1. 2014/08/11(月) 16:25:39 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

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