馬鹿の世界の点景になりたい。

qinggengcai

青条揚羽


言葉のない世界には、
生も死もないのだろうが、
君は蝶だった。
青条揚羽(アオスジアゲハ)、
僕たちからはそう呼ばれていた。

    140801.jpg

僕から君に、
死を与えよう。







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  1. 2014年08月01日 12:24 |
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

コメント

哲学だなあ…

青条揚羽は自分に起こった生命の終わりという現象を
もう飛べない…という体感で認識しているとして
それについて、どういうことになりそうだと分からない…つまり予測が立たないのだろうか?
分からないということは恐怖を感ずるシステムでもあるので、青条揚羽は恐怖の中で生命を終わったのだろうか?
人間の思考に照らして青条揚羽の死を見るとき、その「現象としての言葉」を送りたくなる気持ち、分かります。

……まさか、死神気取り…ではないですよね(笑)
  1. 2014/08/01(金) 19:12:10 |
  2. URL |
  3. 小奈鳩ユウ #0TSJikig
  4. [ 編集 ]

ユウさん、こんにちは。

うん、恐いという感情とか、痛いという感覚とか、
青条揚羽は備えていなくてもいいのだろうな、と思うのです。
必要のないものまで備えさせて、
そこまでして、生きものに苦しむこと貫き通すことはないでしょう。

蝶は一度、死んだようなものですから、
つまり、イモムシ~サナギ~チョウの大きなメタモルフォーゼは、
もう同じ生きものと考えなくてもいいのかな、と思います。
蝶自身にとっては。
ってことは、もちろん僕らにとっても。

蝶の生は、消去方式の考察をする、
つまり、人と比べて価値が低いとか下等とか、
そんなふうにしか接近できないというテーゼに強いられます。
蝶が人を超えるなにかを備えていたとしても、
僕らには解らないわけで。
生も死もないような世界は、欠如と理解するしかない僕らは、
しかし、そんな生は僕らがまったく知らないような、
豊かさを備えた領野なのかもしれないこと、
そんな可能性も開けたままにしておくことを忘れてはいけません。

僕は蝶に死を与えましたが、
蝶は、そんな怖れや怯えをともなうような、
無価値で下等なものはいらないと言うでしょう!
  1. 2014/08/02(土) 11:40:00 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

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