馬鹿の世界の点景になりたい。

qinggengcai

同時はアウト


コインランドリーを囲む薄い緑のフェンスに額を押しつけて、
彼は前かがみのまま動かない。
様子をうかがいながら、僕は彼に近づいた。
具合でも悪いのだろうか。

阪神タイガースのキャップを、
つばを後ろにしてかぶっている。
年は五十を越えたくらいか。

僕の思い込みだが、
野球帽は、かぶっているその人を格段にアホに見せる。
とりわけ、阪神タイガース、
もちろん、これも僕の思い込みだが。



白い猫が僕を追い越して、フェンスの下の隙間をくぐり、
フェンス越しに置かれた段ボール箱のそばに座った。
箱の中では、白、黒、茶色の仔猫が四匹、くっついて眠っていた。
四個入りのおはぎのようだ。

そうか、阪神の彼は、仔猫を見ていたのか。



「この白い猫の仔どもですか?」
僕は問いかけた。
僕たちはフェンスにもたれて座り、ぼそぼそと話し始めた。

洗濯機が回っている、車が通り過ぎる、
テレビの音が漏れてくる、
布団を叩く、子供が泣く、犬が吠える、
ホームレスの男が何やら大げさに喋っている、
それらを除けば、ここは静かな場所だ。

三月の低い太陽が、
阪神と僕と猫の背中を、ゆっくりと温めていた。



四匹はみんなメス、
母親はシロ、父親はトラ、
クロも父親かもしれない、
シロが本気で怒るのでどちらも仔猫に近づけない、
トラは人によって様々に呼ばれていたが、トラに定着しつつある、
クロは警戒心が強く、あまり姿を見せない、
食べものを貰うときだけ、おっかなびっくり寄ってくる、
阪神は、野良猫の事情に詳しい。

仔猫はコインランドリーとその隣の住宅の隙間で産まれた。
人が入れる隙間ではなく、
段ボール箱も途中でつっかえてしまいそうな間隔だ。
手前に、餌と水と段ボール箱を置いたら、
まもなくシロと仔猫が移ってきた。
「その裏の家のネキで産まれてん」
さらりとネイティブな大阪弁がうれしい。



話題が野球に移った。
さすが、阪神。
阪神の頭は、野球で覆われているが、
頭の中も、野球で埋め尽くされているらしい。

僕には苦手な話題だ。
野球中継など、ここ何年も観ていない。

「同時やのに、なんでアウトになるんや」
阪神の設問は、僕にはあまり興味がわかない。
たとえば、打者が一塁ベースに達するのと、
一塁手がベースに接して捕球するのが同時のときは、
打者はアウトになるのか、セーフになるのか。

昨日の試合は、その判定のせいで敗れたらしい。
僕には、アウトでもセーフでも構わないし、
その理由の説明もいらない。
「その塁審が、同時はアウトと決めてるんやないですか?」
僕は、次の話題を探していた。



阪神は、水を替えるためコインランドリーに入り、
すぐに戻ってきた。
きれいな水が、子どもが砂場で遊ぶような玩具に入れられて、
猫たちに届けられた。

「シロ、来いっ! トラ、来いっ!」声がした。
「シロ、来いっ!」近づいてきた。
声は大きくて、かん高い。
コインランドリーの陰から、ジャン・レノを縮小したような、
小柄な初老の男が現れた。
白髪混じりの不精ひげを生やし、小さな眼鏡を掛け、
パジャマとも作務衣ともつかない妙な服を着ている。
「トラ、来いっ!」
小さな袋を二つ持って、猫を呼びながらこっちに向かってきた。

「土佐、特撰、5本入り、80円」と印刷された包装を破りながら、
ジャン・レノは猫を急き立てた。
「喰え、喰え、早よ喰え」
竹輪をちぎって、猫に遣るのかと思ったら、
自分の口に入れ、「美味い、美味い」と言っている。
お約束のボケは、お約束ゆえに可笑しい。

また竹輪をちぎって、今度は僕に向かって「食べるか?」と訊いた。
しかたがないから貰って喰った。
美味くも不味くもない竹輪だ。

「これは土佐の特撰竹輪や」
五本八十円の竹輪に、
誰のためだか何のためだかわからない解説を添えながら、
ジャン・レノは猫に竹輪を配っている。
どこに隠れていたのか、トラとクロも寄ってきた。
クロは竹輪を咥えて少し離れた場所まで行き、
喰い終わるとまた近寄ってくる。
あまり意味のある行動とは思えないが、
それぞれに事情があるのだろう。

「水も替えたろ、待っとけよ」と言いながら、
ジャン・レノはさっき阪神が替えたばかりの水を手に取った。
「今、替えたがな」
阪神が言うのと、
ジャン・レノが水をぶちまけるのは同時だった。

「アウトや」
阪神がつぶやいた。
その通り。
判定はアウトで、説明はいらない。

同時はアウトだ。







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  1. 2014年02月21日 20:37 |
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:8

コメント

同時はアウトだ、という落ちは、さして意味があるようには思えません。
それよりも、細部の描写が読ませる。

〉野球帽は、かぶっているその人を格段にアホに見せる。

〉四個入りのおはぎのようだ。

このように書き込まれる描写の過剰さが、小説と思われるこの文章を魅力的にしています。

「僕」にどうでもいい話題で落ちを決めたのが可か否か。
好みの問題でしょう。
判断が分かれるところです。
  1. 2014/02/22(土) 14:43:19 |
  2. URL |
  3. 瀧野信一 #-
  4. [ 編集 ]

あ、オチないw?
ですか~、忘れた頃に読み返してみます。

阪神は、同時はセーフであると主張し、
僕は、同時はアウトであると主張する。
で、最後に、ほらね、同時はアウトだろ?
としてみましょうか。

猫が起、野球が承、ジャン・レノで転、
読み手は紙幅が尽きるのが見えながら、
まだどう終わるのかが見えてこない。
最後の10行になって大急ぎで結びますが、
誰か、オチた人、いませんか?
  1. 2014/02/22(土) 18:56:05 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

私の好みとしましては、
阪神が得意げになって終わってほしいです。
阪神は、「同時はアウト」と主張していて、
最後、「ほらね!」と言わせてあげたいです。
冴えない男に、いい思いをさせてあげたい。
僕はクールに、その様子を眺めているだけがいいなぁ~。

あ~、でも、
水を撒いちゃうのは、ジャンレノですもんね。
じゃあダメかぁ。。
  1. 2014/02/22(土) 18:59:20 |
  2. URL |
  3. ブラックまいまい #-
  4. [ 編集 ]

いや、わたしのなかでも落ちてますよ。
野球では同時はアウトなのも知ってますし。

ただ、さして意味のある落ちじゃない。
落ちより、細部の描写のほうにこの小説の魅力がある、といいたかっただけです。

それと、この落ちと、野球など見ない「僕」とは関連性に欠けるので、落ちとしてどうかな、という疑問符がつく、といいたかったわけです。

わたしの書き方が悪かったですね。
  1. 2014/02/22(土) 20:16:28 |
  2. URL |
  3. 瀧野信一 #-
  4. [ 編集 ]

まいまいさん、こんにちは。

無理~、それって最初から書き直しぢゃないですか~w。
とりあえず、こんなふうにします。



  話題が野球に移った。
  さすがは、阪神だ。
  阪神の頭は、野球で覆われているが、
  頭の中も、野球で埋め尽くされている。

  昨日の試合は、きわどい判定のせいで敗れたらしい。
  「そんで、同時って、アウトやったんか?」
  打者が一塁ベースに達するのと、
  一塁手がベースに接して捕球するのが同時のときは、
  打者はアウトになるのか、セーフになるのか。
  「同時は、セーフやろ?」
  僕に抗議されても困る。
  昨日の塁審に言ってほしい。

  思い出した。
  なにかの野球マンガで読んだことがある。
  同時はアウトだったと思う。
  「同時はアウトでしょ」
  「いやいや、セーフやと思うで」阪神は譲らない。
  「アウトでしょ」
  「いやいや、セーフや。
  どんなことでも、同時ちゅうのは間に合ってる。
  ぎりぎりセーフっちゅうこっちゃ」
  「そう言われれば、セーフのような気もしてきたけど」
  僕は納得しないまま、次の話題を探していた。



――最後の5行は、

  同時では間に合わない。
  同時はアウトだ。
  1. 2014/02/22(土) 21:01:38 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

瀧野さん、こんにちは。

よかった~w、
話としては、同時がアウトになる例を1つ挙げただけで、
あとは過剰に盛りつけてますから、
瀧野さん、その通り。

持論を曲げた僕は、
粗野なジャン・レノにリベンジしてもらったことにします。
僕は、部分を書くのがおもしろくて、
部分どうしの整合を忘れているときがあります。
読み返して、なんぢゃこりゃ。
  1. 2014/02/22(土) 21:03:54 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

サイコー!!!阪神のまぬけな感じが取り残されて素敵です。
僕も一人で納得できしたし!!

あ、私の好きなとこは、

洗濯機が回っている~
それらを除けば、ここは静かな場所だ。

この部分です。クール!!
  1. 2014/02/23(日) 00:24:47 |
  2. URL |
  3. ブラックまいまい #-
  4. [ 編集 ]

ありがとうございます、
書けば書くほど、なんにも言ってないような話で、
こんな春が待ち遠しかっただけかもしれません。

春と朝の距離を計算しました。
まいまいさん、正解っ、
春は朝よりも遠くから来ます。
  1. 2014/02/23(日) 10:46:52 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

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