馬鹿の世界の点景になりたい。

qinggengcai

ブログを書く理由 3/x


自己満足で、理由なんてない。
僕たちは、好きにしていい。

僕が好きに書いていいのなら、
ブログを書く理由も、僕の理由でいい。
僕がブログを書く理由でいい。

「ブログを書く10の理由」なんてふうに、
「あるあるネタ」にしなくてもいい。

もちろん、してもいい。
僕たちは、好きにしていい。
してもいいが、僕ならしない。

書くことは、書かないことでもある。
書かれないことは、意図して書かれない。

    「あるある」は、いつでも誰かが書いている。
    書かれるべきは、むしろ「ないない」のほうだ。

    日記は、僕を世の中に沿わせる作業ではない。
    共感などいらない、
    誰とも分かり合えなくていい、
    そんな気持ちを記すのが日記ではなかったか?



人にはそれぞれに価値判断の基準があり、
ブログを書くことは、
それを世の中に問うことだと思う。

世の中の多くの承認を得られることがらは、
世間的に正しいもの言いで、
そんなものは、僕が書く意味はない。

誰からも反論されないような、
誰からも共感されるような文章は、
誰にとっても書く意味がない。



世間的に正しいもの言いは、
共感を得られて当然だ。

笑顔で、前向きで、平和を願う、
そんなのは、圧倒的に正しい。
それで承認欲求が満たされるのなら世話はない。

僕は、ありふれた正しさよりは、
間違っていても別の答を見つけたい。

正しくなくても認めてほしい、
僕たちは、それを承認と呼ばないか?



ねじくれ曲がった、天邪鬼な僕でも、
正しいことを書く。
間違ったことは書かない。

間違ったことは書くものではなく、
書いてしまうものだから。

では、僕にとってブログは、
書くというよりは、
どうしようもなく書いてしまうものに違いない。







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  1. 2014年01月25日 20:41 |
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:8

コメント

ブログは難しいですよね。
右の人もいれば、左の人もいる。
私は右だ、とブログで宣言する。そこには何の問題もない。
しかし、それは、左の人にはカチンとくる。
で、左の人は、反論コメントを入れたりして、論争になると、名無しさんまで現れ、えんやえんやの騒ぎ、ブログ炎上ですね。
だから、コメントを承認制にしたり、コメントをクローズしたりする人が出てくる。
僕の美術中心のブログには妙なコメントは来ませんが、精神科の墨岡さんにかかっているという記事には、リラと称する人が、成城墨岡クリニック、とだけコメントして来て、意味不明だから、アップしません。ここだけの話ね。
  1. 2014/01/25(土) 21:40:29 |
  2. URL |
  3. oki #-
  4. [ 編集 ]

ブログを書いていない人から、
「なんのためにブログ書くの?」と聞かれて、
なんだか知らないけど、イラっとしたことがあります。
その時、私には、ブログを書く理由を用意しておらず、
返答に困りました。
なぜイラっとしたのか、なぜ答えられなかったのか、
それを考える必要があるなぁ、と思って出した結論は、「自己満足」で、確かにそうなんだけど、「自己満足」が持つ言葉のニュアンスとはちょっと違う、っていうか。。
っていうか、そういう質問が来たときの返答は、
「愚問だね」なんじゃないか、と最近は思います。
自分だけ、わかってればいい気がします。

>正しくなくても認めてほしい、
僕たちは、それを承認と呼ばないか?

深けぇ!!このような、ふんわりとした事柄を、ピシッと活字に変換できるなんて、やっぱスゴイです。
  1. 2014/01/25(土) 23:22:47 |
  2. URL |
  3. ブラックまいまい #-
  4. [ 編集 ]

okiさん、こんにちは。

僕は論争になるような難しいことがらは扱えないから安心です。
論争って、たいていはみっともない口喧嘩なので、
避けたほうが無難ですね。

わけの分からないコメントは、
分かってほしかったら、分かるように書きますから、
分かってほしくないのです、きっと。
人にはいろいろ事情があるのでしょう。
  1. 2014/01/26(日) 10:47:04 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

まいまいさん、こんにちは。

わはは、そこに引っかかりましたか~。
苦労人ですね~、
実際にそんな気持ちになるときって、半泣きですよね。

自己満足って、肯定的に使われることはほとんどありませんから、
自己満足という言葉で満足できない自己が、
違う、と言ってきます。
たぶん、ひと言で片づけるのは無理で、
ブログを書く人それぞれが、
そのひと言に与えた意味が理由になるのでしょう。

ブログを書く理由と、ブログを書いてしまう理由は、
分けて考えたほうがいいのかもしれません。
ブログを書いていない人は、
どうしてブログ書くの?と訊きますが、
どうしてブログを書いてしまうの?とは訊いてきません。
考えすぎでしょうか。
  1. 2014/01/26(日) 10:47:28 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

ブログを書くのも、小説を書くのも休んでいいのに書いてしまいます。
楽に書けるわけでもないのに。

それがなぜかは説明できません。
やんごとなきものがあるから書くのだ、としかいえない。

万民の共感を得たいと思う一方で、誰にも理解できないものが書きたいとも思う。
その間で揺れながら書いています。
わたしにとってはいつも、書くという行為自体が答えなのです。
それ以下でもそれ以上でもありません。
  1. 2014/01/26(日) 14:28:02 |
  2. URL |
  3. 瀧野信一 #-
  4. [ 編集 ]

はて?

ヘンなクルマに乗ってると
情報が欲しくて他人のブログのお世話になったり
今度は他人のお役にたちたいと思ったり

自分の意見を聞いてほしかったりってのも
自己表現欲ですかね
  1. 2014/01/27(月) 08:22:51 |
  2. URL |
  3. hiro #e5MtbXGQ
  4. [ 編集 ]

瀧野さん、こんにちは。

あはは、プロがそんなことを言ってる。

僕は、仕事での書きものは、
サイトのキャプションや商用のブログ程度なので、
早くやっつけて休みたいです。
なので、とにかく書くことが好きというわけでもなく、
書いてしまう理由は探せそうなのですけど、
どうしましょう、
説明できない深みにはまって、
降参して、お茶を濁して終わり、
って、いつものパターンだな~。
  1. 2014/01/27(月) 20:15:42 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

hiroさん、こんにちは。

クルマに対しては、僕はラブレターです。
ラブレターを書き続けていないと、すぐに魔法が解けて、
ミニがボロくて遅くて狭いクルマに戻ってしまいます。

変なクルマは、ぜんぶ好きです。
多少なりとも気がふれてないと乗れませんから、
自己表現しないとやってられない気がします。
乗っているだけで表現ですけどね。
  1. 2014/01/27(月) 20:16:18 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

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