馬鹿の世界の点景になりたい。

qinggengcai

ちはやぶる


存在するということは、
質量があるということで、
どうやら僕にも人並みに重力が働いている、
ように思える、のは確からしい。


なぜ、僕には重さがあるのか。

なぜ、引力があるのか。
なぜ、引力がないのではなく、
引力があるのか。
もし引力がないとしたなら、
なぜ、引力があるのではなく、
引力がないのか。


なぜ、僕があるのか。

なぜ、なにかがあるのか。
なぜ、なにもないのではなく、
なにかがあるのか。
もしなにもないとしたなら、
なぜ、なにかがあるのではなく、
なにもないのか。


そんな、なぜ、には僕は答えてはいけない。
人智を超えたなら超えたまま、
黙って耐えるよりほかはない。
答は沈黙によってしか表現され得ない。

科学はそんな考察はしない。
沈黙に耐えられなくなったときの、
つじつまあわせに定評があるのは、
神とその言い換えだ。

人智を超えたことがらを、
人智が説明するのなら、
人智を超えないことになるのだが、
ちはやぶる神代も聞かず龍田川、
そんな矛盾も人智の領分。







  1. 2013年11月11日 12:26 |
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:8

コメント

沈黙によってしか表現できないもの、沈黙で答えるほかないもの、がある。
それには賛成です。
例えば、物自体の世界は人間には認識できない。
そこで、青梗菜さんの読み通り、神のお出ましとなります。
この神と折り合いが悪いのが科学ですね。
はたして、神と科学は共存できるのでしょうか?
  1. 2013/11/11(月) 15:49:28 |
  2. URL |
  3. 瀧野信一 #-
  4. [ 編集 ]

おじゃまします。遅ればせながら拝見せてもらいました。
私からは想像もつかない観察眼と詩的な文章で大変勉強になり考えさせられ、あんな駄文を書いている自分が恥ずかしくなりました。

未知のものとの邂逅は説明できずに”神”の御業にしたがるのが人という生き物ですからね。
  1. 2013/11/11(月) 17:47:20 |
  2. URL |
  3. 哲心 #-
  4. [ 編集 ]

スマートフォン調子悪くネットカフェから。
瀧野さん、物自体の世界=神の世界ですよ。
カントはそう考えたため、深刻な矛盾が生じることに。人格が叡知界に存するなら、教育によって人格を変えることはできないことになる。
もともと叡知界の思想は、自由とか神とかを因果の支配する現象界から救い出そうとしたものですが、新たな困難を抱えることに。
やはり、人智を超えたものは信仰の領分で、哲学で説明することはできないように思う。
  1. 2013/11/11(月) 20:47:09 |
  2. URL |
  3. oki #-
  4. [ 編集 ]

瀧野さん、こんにちは。

知恵とサムシング・グレート、
つまり、人智と人智を超えたもの、
そんなスタンダードなテーマで書いてみました。
あぁ、しかし、いつもと同じ、しょぼいアドリブ、
ちはやぶる…でグルーヴさせて収拾がつかなくなり、
急転直下でとっちらかしたまま逃げるように落ち、
そんなこんなで。

僕たちはいつでも知らないことのほうが多くて、
科学が進むほど分からないことが増えてゆきます。
分からないことを説明する方法が神なら、
仲が悪そうに見えて、意外と仲良しなのかもしれません。
  1. 2013/11/11(月) 21:58:13 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
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哲心さん、こんにちは。

いえいえ、そんなに小さくならなくても。
観察眼が違うということは、僕の知らないことを哲心さんは知っています。
なにより文章がめちゃおもしろいです。
だから、てれ隠しとか肩透かしとか自虐とかが効いています。

僕の文章は、情報伝達効率が悪いのです。
衒学的で、かっこつけすぎ、
そこは反省して、でも改善する気もなく。

リンクさせていただきました、
これもまた、未知のものとの邂逅。
迷惑でも、たびたびおじゃまさせていただきます、
それもまた、神の御業とあきらめてください。
神の御加護を。
  1. 2013/11/11(月) 21:59:15 |
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  3. 青梗菜 #-
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okiさん、こんにちは。

物自体、まじりっ気なしの物そのもの、ってのは人には無理で。
物自体が認識できないのなら、真理なんてのも手さぐりで、
神なんか曇りまくっておぼろ気にも見えない気がしてきました。

僕は、認識できるものごと、
とりあえずそれがすべてということで、まぁいいかと。
  1. 2013/11/11(月) 22:17:39 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

ああ、そうそう、サムシンググレートは本来天理教の神様でしたね。
しかし、神を持ち出すことは、信仰の領域であって、科学とは反するように思うけど。
  1. 2013/11/11(月) 22:55:18 |
  2. URL |
  3. oki #-
  4. [ 編集 ]

へ~、天理教、
神か仏かも知らないけれど。

たしかに反りが合いません。
少なくとも、科学の説明のしかたでは無理でしょう。
宗教が科学を語るのなら、ご自由に。
でも、立派な哲学の先生でも、
なんだかそっちに寄り添ってしまったり、
気分は分かるのですけど、理論にはならないような。
  1. 2013/11/11(月) 23:22:47 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
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