馬鹿の世界の点景になりたい。

qinggengcai

コレクションとは何か 4/5


アイビーは、
ふつうはバルコニーには自生しない。
集めてこないと種類は増えない。

アイビーは、
花屋や、通販サイトや、道端や、公園や、
誰かの庭や、誰かの部屋や、
そんなあちこちに生えている。

僕は、そんなふうに散らばっているアイビーを、
僕の近くに移動させ、
アイビーは、かつての体系を外れて、
僕の企図する体系に組み換えられる。

コレクションとは、
換言すれば、コレクターによる体系の再編、である。



そして、集められたアイビーは、
次々にアイビーを引き寄せて、
さらに引力を増してゆく。



中生代は、三畳紀、ジュラ紀、□□紀。

何のことか分からない人と、
ジュラ紀だけは聞いたことがある人と、
三畳紀とジュラ紀を知っていて、その次を知らない人、
空白を埋めたいと思っている人は誰だろう。

知れば知るほど、
知らないことを知りたがるように、
集めれば集めるほど、
集まっていないものを集めたくなる。

蒐集が進み、体系が明確になると、
まだ集まっていない種が強く認識される。

まだそこにないアイビーに働く引力は、
アイビーが増えれば増えるほど強くなる。



コレクション、
その意味の中に含まれているのは、
欠如だろうか、過剰だろうか。

コレクターは、
いつも欠乏に喘いでいる。

ほかの誰かは、
アイビーの群れに過剰を観るが、
コレクターは常に欠如を観ている。

コレクションとは、
換言すれば、その総体自らが生み出す欠如、である。







  1. 2013年04月19日 22:08 |
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:8

コメント

(-ω-;)ウーン ビートとモンキーは解りましたが・・・

なんか難しいです。哲学です。解んないです。
アイビーって雑草のコトですかね?
珍しい草の総称?

でも時代のコトは解りますョ!
「掃くじーさんに石でしよか?せん!」で覚えました。
でいくと、白亜紀、ジュラ紀、三畳紀、二畳紀・・・ですね。
意味のない覚え方してるから、頭はカラッポです。

  1. 2013/04/19(金) 23:07:56 |
  2. URL |
  3. naru #-
  4. [ 編集 ]

まことにコレクションは欠乏ですな。
第九で言えば、この指揮者は、スタジオではこんな演奏をしている、では、ライブではどうだろう?と気になる。或いはこの指揮者は、この年代でこんな演奏をしている、では、若い時は或いは年とったらどんな演奏をするか知りたくなる。で、今はCD-R盤で、そういうライブ盤が出てますから、ヤフオクでもどこでも手に入れる、そんな感じです。
本とCDと展覧会にお金使ってあとはほとんど使わない、蒐集癖とはそんなもんか?
  1. 2013/04/19(金) 23:08:44 |
  2. URL |
  3. oki #-
  4. [ 編集 ]

追求すればするほど深みにはまり、満たされたはずが満たされない。
足るを知らないと蟻地獄。
う~ん深いですね。
  1. 2013/04/20(土) 07:06:04 |
  2. URL |
  3. ビーカブ #-
  4. [ 編集 ]

naruさん、こんにちは。

かなり端折って書いてますから、
分かりにくいですよね~。
哲学って自分でするものだと思うので、
正しいとか、間違いとか、そんなのはもうよくなってきました。
でたらめといえばでたらめ、
こんなふうに考える人もいるんだな、くらいの程度で。

アイビーは、花屋とかホムセンとかで売られている観葉植物です。
って、いやいや、知ってるでしょ?
雑草っぽいですが。

憶え方が、古い順でないのがいいですね~。
  1. 2013/04/20(土) 10:14:57 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

okiさん、こんにちは。

コレクターの方の同意が得られたのは、
裏書きをもらったようで、うれしいです。

心理学になってしまうのですよね、こういうのは。
劣等感とか代償行為とか、そんな自分はいやだな、とか、
そんなふうに誰かに思われるのは困る、なんてバイアスがかかります。
不自由なことです。
  1. 2013/04/20(土) 10:15:29 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

ビーカブさん、こんにちは。

それで、コレクションが、
他人にとってぜんぜん価値のないものだったら、
もうだめ、虚無感が怖すぎます。
  1. 2013/04/20(土) 10:16:05 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

コレクターは蒐集物の集まりに記号的差異を読むので、欠けているパーツ(欠如)がわかり、新たな欲望を抱くのでしょう。
ほかの誰かは蒐集物の差異が読めないので、ただの物の集まり(過剰)としか思えないのではないでしょうか。

なんて、たいしたことは云えてませんが、曼荼羅が小宇宙のような体系を欲望するように、人間は曼荼羅のような体系とか構造を欲望するのだと思います。
ていうか、人間の欲望が曼荼羅のように、蒐集物の体系のように構造化されているのでしょうか。
おそらく、どっちも云えるのでしょうね。
  1. 2013/04/20(土) 10:44:30 |
  2. URL |
  3. 瀧野信一 #-
  4. [ 編集 ]

瀧野さん、こんにちは。

そうですね~、
分かりやすい説明です、拝借したかった。

世界まるごとは無理。
なので、取り扱いが容易な小さな世界を構築しようとして、
僕は手が回らなくて、次第に居心地が悪くなるのですけど、
踏ん張ってしまう人がいるのですよね。

自らに、どんな義務を課しているのか、
どんな使命を背負わせているのか、
業が深いというか、度し難いというか。
  1. 2013/04/20(土) 21:35:12 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

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