馬鹿の世界の点景になりたい。

qinggengcai

ただ過ぎに過ぐるもの


枕草子、242段、
ただ過ぎに過ぐるもの。

この段で清少納言は「帆かけたる舟」を挙げる。
さらに「人の齢。春、夏、秋、冬」と続ける。
この感性は、古くならない。
千年経った今でも、
さしあたりこの3つで過不足ないように思える。


過ぐるもの、は時間と意味を同じくする。
ほかの段が例示列挙なのに対して、
この段は言い替えに過ぎない。
きっと彼女はそのあたりのことも気づいていた。
だから、3つにとどめた。


彼女に倣って、過ぎ行く時を舟に喩えたなら。

僕たちは岸に佇んで、
下流に流される舟を見ているのだろうか。

それとも、流れを下る舟に乗って、
上流に向かって移動する岸を見ているのだろうか。







  1. 2013年03月23日 12:14 |
  2. 時間
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4

コメント

人の齢をただ増えていくだけの変数、と捉えれば確かに「ただ過ぎに過ぐるもの」でしょう。
そうではなく、齢のなかに生きられる日々が感じられたなら、「ただ過ぎに過ぐるもの」ではなくなるような気がします。
過ぎ去っていくだけでなく、事件がある、と思うのです。
そう考えたうえで、それでも「ただ過ぎに過ぐるもの」なんだよ、と清少納言はいいたいのでしょうか。
それは、いとおもしろし、ですね。
  1. 2013/03/25(月) 11:07:08 |
  2. URL |
  3. 瀧野信一 #-
  4. [ 編集 ]

思いつきですけどね。

清少納言は、過ぐるもの、ではなくて、
ただ過ぎに過ぐるもの、を標題にしました。
希代のエッセイストのことですから、
なにかあるような気がします。

過ぐるもの、なら時間のほかにも、いくつか思いつきます。
ただ、過ぐるもの、過ぎに過ぐるもの、になると、
イメージは時間の経過に狭められていきます。
すると、時間には、ただ何の手だてもないままに、という含意があることになります。

彼女はそのあたりのことも気づいていて、
ただ過ぎに過ぐるものは、時間に集約され、
だから、簡潔に3つだけ挙げて、多くを語りません。

などと、そんなふうに思ったわけです。


どうでしょうね、
彼女は、人の齢をただ過ぎに過ごさなかった人ですが。
  1. 2013/03/25(月) 14:00:25 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

難しいことを考えていると、眼に浮かぶマトリョーシカ。
何かを見つけたと思うと、すぐ外側に薄皮みたいなものが見えてる。
あれって思って、薄皮を深くめくりすぎて、
自分を通り越した内皮までめくってしまったら、
その内側にも、また何か見えてくる。
うわっと思って、あたりを見廻すと、
無数のマトリョーシカが笑い声を上げているぞ。
これは、ちょっと怖い。
皆さんにも、味わって頂きましょうこのイメージ。(暗示にかけたいですよ)
私、今、本当に、こんな気持ちです。
まだ、本読み終わっていないんだし。とほほ。
  1. 2013/03/25(月) 21:48:21 |
  2. URL |
  3. 海底まきがい #-
  4. [ 編集 ]

海底まきがいさん、こんにちは。

わはは、楽しそうですね~。
だいじょうぶです。
その調子で格闘し続けていれば、
いつかはすべての謎が一瞬で解ける日が来ます。

で、その際には、結論だけ要約して、
僕にこっそり教えてください。
努力の跡は端折っていただいて構いません。
最後に出てきたマトリョーシカだけで結構ですから。

さておき、ほんとうにだいじょうぶです。
僕なんか、ぜんぜん物理に疎くても、時間論をやってます。
研究者から失笑を買うのを承知で、
242段を読み解きます。
ブログを書く理由をヘルダーリンに求める人は、
世界に1人だと思います。

違うと思ったら違うでいいし、
分からないところは分からないでいいし、
限界を感じたら投げて終わっていいと思います。
多くの人に認められるものごとなんて、
たいていはろくなものではありません。
そんなのは、自分で考えない人たちに受け容れられやすい、
凡庸な着想ですから。
  1. 2013/03/26(火) 00:37:49 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

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