馬鹿の世界の点景になりたい。

qinggengcai

幻で構わない


太陽系が生まれたのは46億年前、
宇宙が生まれたのは137億年前。

しかし、46億年前にも、
137億年前にも、時間はなかった。

僕たちが46億年前を想うとき、
遡って僕たちの時間が流れ始める。



宇宙は僕たちを得て、
137億年の時間を知った。

宇宙は僕たちを得て、
自らを想うことができた。
自らがあることの不思議を知った。



宇宙には時間などない、
と仮定する。
にも関わらず、僕たちは、
時間が流れる意識を持っている、
とする。

そのときでも僕たちは、
宇宙には時間が流れていて、僕たちも流されている、
と信じて疑わないはずだ。

僕たちが宇宙の時間を流している、
とてもそんなふうには思えないが、
そんなふうに思えるとするなら、
時間は、僕たちが作り出している幻想かもしれない。



自然科学は、主観を排除する。
自然科学の古典、物理学ならなおのこと。
物理学は、世界が合理的な法則によって貫かれている、
―― そのこと自体は証明ができないにしても、その前提のもとに、
僕たちの経験する事実から法則を探し出す。

認識の主体を消し去って、
唯物論的になったときにも、
時間は残るのだろうか。

僕たちの世界が、
それ自体客観的に存在していること、
それだけですべてが描き出せるのなら、
世界はどんなに簡単だろう。







  1. 2013年03月19日 22:41 |
  2. 時間
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:15

コメント

宇宙にはもっと高度な生物が居て、宇宙の始まりは350億年前と計算しているかもね。
おっしゃるように、時間は客観的なものではなく、カントも見抜いたように、主観的なもの。
カントはそこから、物自体の世界を考える訳ですね。
認識の主体、これは、時間に属する主観的なものか?
カントは、そうは考えなかった、物自体に属すると考えた。
すると、認識の主体は、Ich oder er or es,welches denkt,考える我、若しくは彼あるいはそれ、ということになる。
時間論というのは、哲学の中でももっとも難しいと言えば良いかな。
  1. 2013/03/19(火) 23:29:34 |
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  3. oki #-
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幻で構わない
時間よ止まれ
生命のめまいの中で

三題噺でご機嫌を伺いました。

時間論は、即席で演じるようなものではなくて、
時間についての客観と主観はなにげに厄介で、
瞬間は持続の虚偽の区切りか、
逆に、持続は瞬間の虚偽の集合か、なんて思いますし、
相対性理論以来、時間の相対性は所与ですし、
ちょっと入り込んだだけで、そんなのがいち時に押し寄せてきて怖いです。
やっと落ちを見つけたのに、
物自体を盛り込んで混ぜ返すなんて、僕には無理ですから。

お後がよろしいようで。
  1. 2013/03/20(水) 00:28:03 |
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  3. 青梗菜 #-
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なるほど三部作だったのですね!
時間が流れている意識というのは、誰にでもあって、しかし最初に書いた大森荘蔵は、時は流れず、なる本を書く。
東大駒場の科学哲学に属していた人だ。
青梗菜さんが大森哲学と対峙するところを見て観たいな〜
  1. 2013/03/20(水) 01:04:23 |
  2. URL |
  3. oki #-
  4. [ 編集 ]

わたしも時間は客観的に存在するのではなく、主観的に在るだけだろうと思います。
時間について述べるときには、私の時間、我々の時間と限定して云わねばならないでしょう。

あの、あまり歌詞を使うと、著作権の問題が……。
  1. 2013/03/20(水) 08:42:15 |
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  3. 瀧野信一 #-
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そりゃ時間は主観的ですよ。
何かに没頭していれば、時間のたつのは早く、人を待っていれば時間のたつのは遅い。
いわゆる何時何分なんていう時間は、時間の空間化だな。
ところで大森荘蔵の弟子の一人があの、中島義道だ。
うるさい日本の私、とか。
カントが専門だけど、弟子だけあって、カントの時間論をよくかく。
チンゲン菜さん、中島哲学をどうみます、と振ってみる。
  1. 2013/03/20(水) 22:36:54 |
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  3. oki #-
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ビックバンが137億年くらいに前にあったということは、確定したらしいですね。
始まりが確定されてしまい、じゃぁ無いとは何なのかを絶対に考えなければならなくなったと。
私は自分の人生を自分で生きている感じが薄いというか、殆どありません。
誰かが書いたストーリーだと。誰かはわかりませんが。
なので、時間のことは例えば納期に迫られなければ、あまり意識していません。
ただ変化していて、それがどっち向きに動いているのかもわからないし。
始まりが、終わりである可能性も、大きいですよね。
完成したパズルが終わりなのか始まりなのか。
連続しているのが時間ならば、始まりも、終わりも、今も無いと言える気がしますし。
ただの連続だと。
統一理論みたいのが完成されて、もう少し人間に見えていない力がどのように作用しているのかが解ると、
ほんの少しだけ、時間のことも解ってくる予感がしますが。
面積も体積もない点とか考え始めると、脳の中に自分がめり込んでしまいますね。
フル回転して加熱する自分の脳に、
もうそのくらいにしておけと、もうひとりの自分が言っています。


  1. 2013/03/20(水) 22:47:29 |
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  3. 海底まきがい #-
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まあ、okiさん聞いてください。

ブルーバックスの物理の本などを読むと、私たちが認知している過去から未来へ向かう時間とは唯一もののではなく、例えば、未来から過去へ向かう時間も宇宙にはある、と物理学者は云っています。
ニーチェは、原因と結果という論理・思考を人間の生存本能に由来するもので、客観的・根源的なものではないとして批判しました。
とすると、ニーチェは原因から結果へ至る時間と、結果から原因へ至る時間の双方が存在する可能性があることを言い当てていたのかもしれません。
時間が客観的なものではなく主観的なものだというのはこのような思考の謂いです。

時計が指し示す時間も客観的なものではありません。
十時一分の後は十時二分ではなく、十時であるような時間が存在します。
したがって、時間というものは、私の時間、私たちの時間と所有格をつけてしか示すことのできないものなのです。
客観的な時間の存在は神を要請するでしょう。
(何をもって主観・客観とするかはスルーさせていただきます。)
  1. 2013/03/21(木) 08:11:24 |
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  3. 瀧野信一 #-
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okiさん、こんにちは。

わはは、失うものがないから、
僕の方が有利かもしれませんよ~。

時間の感覚がないと本も読めないのが困りものです。
文章なんて先後関係のホームラン王なので ―― 喩えが古いな~。
読むのも書くのも身体的行為ですから、
時間を否定するときは、時間が流れている感覚に対しては不正直になります。
上手な嘘をつかなければなりません。

中島義道先生は、軽い読みものしか読んだことがありません。
あんなのを真に受けてしまうと、自分が賢くなった気になって、
相対的に世の中が馬鹿に思えてきて、
ますます厭世的になるように思います。
  1. 2013/03/21(木) 09:46:47 |
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  3. 青梗菜 #-
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瀧野さん、こんにちは。

主観的にあるだけだとすれば、
宇宙は僕たちを得て、時間を知ったことになります。
僕たちが宇宙の時間を流しています。
そして、生まれて死ぬような者の時間など、
宇宙は、関係ないね、と言うでしょう。

YAZAWAはBIGですから、
んな細かいことは。
でも、後ほど記事のほうの詞は消そうと思います。
それでも、三題噺になっている意図は、
分かる人には、分かるでしょうから。


ひらがなを50音順にカードに書いて積み上げて、
トランプみたく切ります。
切る度に配列が壊れ、エントロピーが増大して、
やがて、すっかりでたらめになって、エントロピーが最大になります。
途中で、意味ありげな言葉が現われて、
その後、いろは歌ができて、
もう少しで元の50音になるところまで戻ったり、また崩れたり。
やってるうちに、いつかは元通りになるでしょう。

これをビデオに撮って、逆回転で再生すると、
この映像には違和感はありません。
僕はどの場面から再生ボタンを押しましょうか。


過去、現在、未来で、
仲間外れは現在です。
現在が間違っているのです、たぶん。

で、世界は、亀の甲羅に乗った3頭の象が支えているという説には、
賛同いただけますか?
  1. 2013/03/21(木) 09:48:53 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
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海底まきがいさん、こんにちは。

後ほど、必ず。
  1. 2013/03/21(木) 09:49:31 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
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海底まきがいさん、こんにちは。

たまには、仕事もしないと…。


微視的な例外はあるけれど。
物理の法則は量子力学や相対論も含めて、
時間について可逆的です。

時間が未来から過去へと向きを反転させても、
すべての法則は成り立ってしまうでしょう。
つまり、時間のパラメータをマイナスに置き換えた法則は、
置き換え前となんら変わることなく応用できます。
対称的なのです。
つまりは、時間が逆行することも、あり、です。

可逆的でありながら、
時間は過去から未来へと一方向にしか進みません。
時間はなぜ過去から未来へと向かうのか?
これが問いになっていないことをすぐに見抜けないことが、
この問いへの答になります。


確率によって説明すると、
出来事は、双方向的であり、
一方向にしか進めない訳ではないが、
逆向きに進むことが極端に起こり難いから、
一方向を堅持していることになります。

ですが、逆向きに進むことが極端に起こり難い、
と述べたときに、時間の方向がすでに決められているのですよね。
僕たちの主観によって。

時間が過去から未来に向かう説明に、
その向きで起こり易い確率を適用してしまうのです。
それしか知らないから。

時間が逆に向かうときに、逆向きで起こり易い確率を適用すれば、
そのまま反論になってしまいます。
そして、その反論こそが、
物理の法則は時間について可逆的だという説明です。


発想が貧困ですが、
時間が過去から未来へと理由は、
生命ではないか、と思うのです。

生命は自らバランスを崩し、
崩れた状態を保つことで成り立ちます。
生きものは、その身体の中に平衡でない状態をつくっています。
つまり、極端に起こり難い一方向を堅持していることになるのですが。

生命が宇宙の時間を流している、
誰でも言えそうな、順当で甘ったるい落ちをつけます。

春ですから。
  1. 2013/03/21(木) 13:18:33 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
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カードの話、面白いですね。

〉で、世界は、亀の甲羅に乗った3頭の象が支えているという説には、
〉賛同いただけますか?

賛同します。
実はその亀と象に餌をやっているのが、私のギリシアの友人、ギガントスくんなんです。
ここだけの秘密ですよ。
  1. 2013/03/21(木) 15:14:00 |
  2. URL |
  3. 瀧野信一 #-
  4. [ 編集 ]

ほお、瀧野さんが、ブルーバックス読むとはねえ。
ギリシャと言えば、アキレスと亀のパラドックス、って解けたの?
あれも時間がらみだな。
クリニックで診察まち。しかし混むな、何時からこんなに混むようになったのか?
  1. 2013/03/21(木) 18:51:27 |
  2. URL |
  3. oki #-
  4. [ 編集 ]

瀧野さん、こんにちは。

象は亀の甲羅の上を1日かけて回り、
亀は太陽の周りを365日かけて周ります、
なんて記述が発見されると爆笑です。
知っているのに知らんぷり。

ギガントスさん、ごくろうさまです。
はい、もちろん内緒にしますとも。
こんなところでバイトをしているなんて、
インド人もびっくりですよ ―― 古いな~。
  1. 2013/03/21(木) 21:55:48 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

okiさん、こんにちは。

なぜアキレスは亀のいる場所ではなく、
亀のいた場所を目指すのでしょう。

ほんとうは追いつく気なんてないのでしょう?
アキレスさん。
  1. 2013/03/21(木) 21:56:38 |
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  3. 青梗菜 #-
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