馬鹿の世界の点景になりたい。

qinggengcai

スーちゃん 3/4


猫が走ってきた。
緑を帯びた茶色のタビー、
逞しい四肢、太くて長い尻尾(しっぽ)。

僕たち三人とフジの間を駈け抜けて、
急に止まって振り向いた。

フジはといえば、箱のように四角く座って、
目が半分ふさがっていた。
すう、規則正しく息を吸い、
すう、規則正しく息を吐く。
茶色い猫は、尻尾をぶんっ、と振って、
また威勢よく走り去った。

「電気屋の猫」
「そや、電気屋の猫や」
「この頃また、ようフジちゃんと喧嘩してんで」

フジがこの辺りに移り棲んで、三年ほど経つ。
以来、電気屋の猫と一戦交えること数知れないが、
未だフジが勝った例(ためし)はない。
ばあちゃんたちがくれる猫まんまは、
ヘルシーだけど力が湧かないよ、
夢と現を往き来している、フジの言い訳はそんなところか。

「そうですか~、この猫、オスやったんですか」
「そや、ちゃんと、たまたまも付いてんで」
「目立つように、そこだけ色を黒くしてんねんな」

フジは、たまたまを目立たせたいのか?
そして、フジがたまたまを目立たせようと思ったところで、
毛の色が変わる訳でもあるまい。



話しが「この頃の若い人らはね」に移った。
倫理、礼儀、服装、云々、
話しの中身はありきたりで他愛がない。

「私らの若い頃はね」
と、対比する。

「着物の裾がちょっとめくれただけで恥ずかしかったもんやよ」
切っ先は、得てして同性に向かった。
「男の人には逆らったりせえへんもんやよ」
「へ~、うちの嫁はんがそんなんやったら、
薄気味悪うて、なんや知らんけど先に謝っとこと思いますわ」
「今の人らはええな」
と、やっかんだ。

彼女たちは、女はこうあるもの、
そんな律を共有している。
律は「家」に由来する。
家父長制を基礎に発展した価値観に拠って立つ。

産めよ殖やせよ、
身も蓋もない標語が流れた。
戦局が悪化し、
労働力が足りなくなれば工場に駆り出された。
想いを胸底に見送った兵士は、
名前も知らない島に行ったきり。
「女やさかいな」と自らを律することは、
ときに、彼女たちの正気を保たせた。

「女やなかったら、とっくの昔にキレてたわ」



敗戦後、二十歳以上の女子は選挙権を得た。
昭和二十二年、妻の行為無能力に関する民法の規定が削除された。
今から五十数年前のこと。
日本は、野蛮な国だ。

価値観が引っくり返っても、
彼女たちの律は残った。
当たりまえにあったものを、
疑わなかった。

「カサブランカ」でも「哀愁」でも、
四十年代の恋愛映画ならなんでもいい。
たいていの女は、枝から離れた木の葉のように頼りない。
ふらふらで意思を持っていない。
水面に落ちれば波紋ができるが、
それは波紋をつくる意思によってできた訳ではない。

野蛮な国は、日本だけではなかったようだ。
当時の、男が撮った恋愛映画なんてそんなもの。
名作、なんて吹いている評論家は、
さすがにもういなくなった。
皆、神様に呼ばれたか。



桎梏(しっこく)は今も、心の内にある。
いまさら宗旨変えはできそうにない。

日は少しずつ傾き、
一歩も動こうとしなかったフジの鼻先を明るく照らした。

時が移ろえば、やがて「家」の残滓(ざんし)は物笑いの種になり、
嫁や入籍などの言葉も死語になるだろう。



話題が移る。

あっちに行ったら助かる、こっちに行ったら助からない。
そこはそんなで、ここはこんなで。
彼女たちは病院の評判に詳しい。

内科はどこが、眼科はそこが、むこうは良くない、
そのまたむこうは悪くない。
彼女たちは町医者の評判にも詳しい。

「あの先生、まだ休んではんのん?」
「うん、最前もだらしない格好で歩いてはったわ」
素行にも、
「なんや借金して、一億からの機械入れたっちゅうのに、大丈夫かいな」
経営にも、
「もう四十過ぎてんのにひとりもんやし」
個人的な事情にも詳しい。

「先代は、ええ先生やったのにな」
話しは、大阪城公園に先代の先生の銅像を立てる計画が持ち上がって、
頓挫するまでの顛末に移った。



「医は仁術(じんじゅつ)や、ちゅうてね。
昔の先生は、ようゆうてはったわ」
テレビの時代劇の、竹脇無我あたりが言いそうな台詞だ。

「時間過ぎてても診てくれてね」
「そうそう、夜中でも往診してはったんよ」
「貧乏人からお金貰われへんやん。そんなん分かっててね。
枕もとに何百円か包んであんのを、黙って持って帰ったんよ」
僕は、いつの頃の話しなのか測りかねていたが、聞き流していた。

「でも、なんだか、その場しのぎっぽいですね」
何百円か、が大金ではない頃。
時代は古くない。
だとしたら、極端に生活に困窮しているのなら、
何らかの社会保障に頼るべきだし、
医者は面倒でもそれに助力してやり、
適正な医療をして正当な報酬を得るべきだろう。



市町村条例で、
外国籍の者にも国民健康保険が適用できるようになったのが昭和三十四年。
在日の場合は、昭和四十年発効の日韓基本条約、翌年発効の地位協定を受けて、
協定永住者に限定された。
市町村が条例を制定し、国保加入者が増えてきたのは、
昭和四十年代後半になってからのこと。

貧乏にして保険もないのなら、
その場しのぎよりほかに途はない。
時代劇の先生は、ほんの三十年前まで其処(そこ)ここにいて、
敗戦後の二十五年を埋めていた。



そして、僕は迂闊だった。
ここから北に十五分も歩けば、青いテントが路上に居並ぶ。
この辺りでは、そんなことは誰でも知っている。

保険どころではない。
ここでは、戸籍まで売買の対象になる。



―― 続きを読みたい?







  1. 2013年03月10日 12:51 |
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