馬鹿の世界の点景になりたい。

qinggengcai

スーちゃん 1/4


ばあちゃんが二人、
立ち話をしていた。

すぐそばで、猫が聞き耳を立てていた。

猫は白くて、
しかし、頭と耳の周りだけが黒いから、
日本髪のかつらをかぶっているように見えた。

僕の空想は、猫に和服を着せて、三味線を持たせた。
都々逸(どどいつ)を歌っている姿を想像しながら、
僕は笑いをこらえた。



ばあちゃんのひとりは、渋谷の生まれ。
もうすぐ八十五。
若い頃はさぞかしなどと、
ことさらに昔の話にすることもない、
今でも楚々とした別嬪さんだ。
こんなばあちゃんはそうそういない。
西成区天下茶屋一丁目、
とりわけ、この辺りでは、なおのこと。
以下、ヤチグサさんと呼ぶ。

もうひとりのばあちゃんは、筑豊で生まれ育った。
ヤチグサさんよりも年齢は若い。
なんとも形容し難いが、
ばあちゃんという括りのほかに、
ヤチグサさんとの共通点が見出せない。
以下、カマヤツさんと称するので、察してほしい。



「わたしはシロって呼んでんねんけど」
ヤチグサさんがシロと呼び、
「わたしはフジちゃん。
ほら、おでこが富士山の形してるやん」
カマヤツさんがフジと呼んでいるこの猫は、
「ほんま、ほんま、フジはええ名まえですね」
カマヤツさんに倣おう。



話がどこに向かうのか分からない、
ただの井戸端会議だが、
僕はとびきりの歓待を受けたのだと思う。

ヤチグサさんとカマヤツさんは、
僕に思い出話をしてくれた。
彼女たちにとって、お互いの昔話は、
お互いに聞き飽きているだろうから。



脱線して、寄り道をして、回り道をして、
そんな会話でも、きらきらと光る点々を拾いあげれば、
点描は次第に輪郭を現してくる。

画布を張ろう。
彼女たちは何を描いてくれるのか。



ヤチグサさんは震災に遭った。
大正十二年、
ヤチグサさんは六歳。

避難場所になっていたのか、
たまたま通りがかっただけなのか、
一昨年お亡くなりになった皇太后、
香淳皇后(こうじゅんこうごう)のお屋敷に逃げ込んだ。

「へ~、凄いとこに住んではったんですね。お嬢様ですやん」
「んなことも、ないねんけどね」

しばらくして、ヤチグサさんの父親が、
のこぎりを持って迎えに来た。
朝鮮人が暴動を起こしたとのデマが飛び、
それに備えてのことらしい。



「そんなん嘘やのにな。井戸に毒入れたとか、なんとか。
そんなこと誰もせえへんのになぁ」
「そうですね」

当時の民家はどの家も、
三匹の仔豚の次男が造ったような、
木と土と紙の家なので、
すぐに潰れてよく燃えた。
ヤチグサさんの家は壊れなかったが、
余震を恐れて、雨戸を敷いて庭で一夜を過ごした。
朝鮮人が火をつけにくる、
父親は大工道具を放さなかった。

そんなに怖いのなら、
日頃からいじめなければいいのに。
昔はいじめなんかなかったよ、
そんな言説は、欺瞞でないとするなら、
自分が生きてきた前世紀後半の歴史からでさえも、
何も学べなかったということだろう。



戦前の話、
ヤチグサさんの談。

「交番の前を朝鮮の人が通ったら、
必ずってゆうてええほど止められててね」

祖国で窮乏に喘いでいた者が日本に渡り、
日本では廉価な労働力として使われた。
ぺらぺらの浴衣のような着物に、
縄のような帯、風呂敷包みを下げている、
大抵はそんな格好だった。

巡査は、彼/彼女が頭を下げながら交番を通るのを眺め、
無事に通り過ぎて、安堵した頃を見計らって呼び止める。
閑つぶしの職務質問が始まる。

「永井荷風の、なんやったっけ、え~と、墨東綺譚とか、
林芙美子の、なんやったっけ、え~と、忘れた。
そんな小説にでてくるとおりのことが、日常やったんよ」

ヤチグサさん、文学少女だ。

「私もね、行李(こうり)を持って歩いてるとこ呼ばれてね。
そしたら、女が交番に呼ばれて取り調べなんかされたら、
もう家に帰られへん」

悪戯(いたずら)っぽく笑った。

「そやからね、それ以来、家には帰ってへんの」

煙に巻いた。



―― 続きを読みたい?







  1. 2013年03月09日 09:52 |
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4

コメント

何処かに仕掛けがしてあるだろうに、僕にはわからない。
何故渋谷の生まれかとか考えてみるけどー。
ハイ、続きをお願いします。
明後日は、いよいよ311から二年。
今日、雑誌の創、新聞社の研究。を読んでいたら、やはり東京新聞は購読者増えているようです。さてどんな社説出してくるか。
  1. 2013/03/09(土) 21:26:59 |
  2. URL |
  3. oki #-
  4. [ 編集 ]

> 何処かに仕掛けがしてあるだろうに、僕にはわからない。

わはは、okiさん、深読み。
ブログ向けの分かりやすい小説です、何もありません。
小説って書いたことがないから、下手っぴでしょう?

ありがとうございます、
続きを載せます。
ちょっと迷っているのが言葉づかい。
敗戦までを「朝鮮人」、戦後を「在日」でいいのかな。
「在日」については、お役所や特殊法人NHKなどの表現、
「在日韓国・朝鮮人」が無難なのでしょうけど。

最も無難なのは、表現しないこと。
表現しないこともまた、お役所やNHKの無難な表現の方法です。
  1. 2013/03/09(土) 22:28:37 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

続きを読みたい?って、四回書くことが前提になってますね、笑。
310の東京大空襲の話かと思ったり。
ただ年齢が合わない。
うちの母が大正13年の生まれで、85くらいで死んだんですよ。
ヤマグチさんは、年齢がねえ。
  1. 2013/03/09(土) 23:06:19 |
  2. URL |
  3. oki #-
  4. [ 編集 ]

そうか~、
実はこれ、10年くらい前に書いた短編を、
さらに短くしたものなのです。
震災は関東大震災。

ヤチグサさんも、カマヤツさんも、フジも、
今でも元気でいてくれるといいのですが。
  1. 2013/03/09(土) 23:18:52 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

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