馬鹿の世界の点景になりたい。

qinggengcai

猫と遊ぶ


白くて黒い猫だった。
ところどころに黒い斑があった。



ロジェ・カイヨワは“遊び”を4つに分類した。
彼によりそれぞれの項目に名まえがつけられたが、
僕は、かわいい語感のミミクリ(Mimicry)以外は、憶えた先から忘れてしまう。

僕が猫と戯れることは、
カイヨワは“遊び”に含めるのだろうか。
目的も秩序も欠いた、彼の括りに押し込めることができない、
そんな“遊び”があってもいい。



猫といるときには、
ひとりでいるのではなく、ふたりでいるのでもない、
そんな気分がある。

僕の癖なのか、底のほうの意識に重なるのか、
それは、ときに懐かしさを連れてくる。



夏の日、どこかの海辺で。

近所の友だち、ヨシアキくんとエリコちゃんと僕は、
灼けた砂を集めて、お城をつくった。

ヨシアキくんにとっての天守閣が、エリコちゃんにとっての尖塔だったりする、
そんな、ちぐはぐなお城の秩序は緩慢に成長していった。

昼は野点(のだて)、夜は舞踏会が開かれる奇妙なお城を護るため、
僕は城壁を固め、堀を廻らせた。

やがて遊びに飽きてきて、想像が行き詰まる直前に、
砂の城は完成し、同時にお城ではなくなった。

夢から醒めた僕たちが、お城と関わる方法はひとつだけ。
僕たちは、お城の周りを行進し、ヨシアキくんの合図とともに攻撃を仕掛けた。
無秩序が急激に成長し、砂の城は陥落した。

目的と秩序が、無目的と無秩序に向かう。
子どもの頃の“遊び”は、なんだか訳の分からないものだった。
そんなものでよかった。



遊び疲れた僕たちが眠りにつく頃。

月が昇る、何のためでもなく、
潮が満ちる、何を思うでもなく、
波はそっと砂の城を攫うだろう。



ヨハン・ホイジンガは、なんでもかんでも“遊び”に淵源を求め、
そのくせ“遊び”の目的性の欠如を重視したが、
目的性のない遊びなら、―― そんなものがあるとしたなら、
僕と猫とが当てはまる。

彼は、物語を読むことを“遊び”とはしなかったが、―― それが相当かどうかは別として、
結末に向かう目的性を欠いた僕の駄文なら、
“遊び”に含めてもらえそうだ。



煙突が煙を吐き出した。
僕の投影は、それを猫に見立てようとして諦めた。

白と黒の煙が空に溶けていった。







  1. 2013年03月02日 10:14 |
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:22

コメント

はじめまして、青梗菜さん。
まりこうたといいます。
ことばに、引き込まれてやってきました。

わたしも猫と一緒に暮らしていて、
そういえばたんぽぽ(猫のなまえです。)といるとき、
ひとりでも、ふたりでもないような気持ちだなぁって、ふと思いました。

「目的と秩序が、無目的と無秩序に向かう。」
こどものころのあそびって、そうでしたっけ。。
でも、たとえぐしゃぐしゃでも砂のお城はちゃんと完成していたのだろうし、
なにより、その日の夜ごはんはおいしくって、すやすやっと深い眠りにつけていましたよね。

目的と秩序が、無目的と無秩序に向かっているのは、
むしろ今だなぁと感じてしまいました。。

また遊びに来ます♪
どうぞよろしくおねがいします。

*まりこうた*
  1. 2013/03/02(土) 19:48:57 |
  2. URL |
  3. まりこうた #JVU.pKbY
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メルマガを思い出しました。猫でしたね。
猫という題名でも内容は正法眼蔵ー漢字これでいいのか、という風変わりなメルマガ。
その趣向は、この記事にも出ていて、ホイジンガなんて出てくる。
僕なら、カントの目的なき合目的性でもあげたい!
猫好きと犬好きがいるけど、犬好きは、なぜ犬に洋服なんて着せるのか、たかが犬でしょう。
  1. 2013/03/02(土) 21:15:41 |
  2. URL |
  3. oki #-
  4. [ 編集 ]

まりこうたさん、こんにちは。

昨日か今日か、お伺いしてますよね。
ネットで、気のきいた言い回しを探し歩いていたので。

せっかく作ったお城を壊す、ってなんだったのでしょう。
タナトスを感じながら。

詩とも散文ともつかない、
よく分からない駄文にコメント、ありがとうございます。
僕ならこんなややこしい文章を書く人は、
相手にしませんよ~。

またお邪魔します。
こちらこそよろしくしてやってください。
  1. 2013/03/02(土) 22:16:02 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

okiさん、こんにちは。

僕たちの周りは、無機物と人工だらけなので忘れてますけど、
自然は僕たちの無目的も無秩序もひっくるめて、
まるごとちゃぶ台をひっくり返します。
なんの目的もなく砂の城を攫って、
それで合目的なのでしょう。

猫もね、この頃は着こんでますよ~。
服なんか引き裂いてずたずたにするのが猫ってものです。
矜持を忘れてはいけません。
  1. 2013/03/02(土) 22:16:58 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

いい文章ですね。
わたしもメルマガ「猫」を思い出しました。
懐かしいです。
結末に流れていって、煙が空に溶けた。
いい結びだと思います。
文章は結末も過程でなければいけないのですよね。
終わりの一文を読み終わると、また意識は戻って、途中のどこかに引っかかってしまうのがいい文章だ、と思います。
書くのはなかなか難しいですが。
  1. 2013/03/03(日) 07:12:02 |
  2. URL |
  3. 瀧野信一 #-
  4. [ 編集 ]

瀧野さん、褒めすぎ~。
でも、この骨子は使えそうですよね。
いつか淡くて涼やかな短編に仕立てたいです、
って言いながら忘れてしまいます、たぶん。

ヨシアキくんとエリコちゃんの挿話は、
ヨシュア記のエリコ陥落のパロディですが、
ブログなんて、書くのも読むのも“遊び”に満ちていますから、
もはや物語も“遊び”でしょう。

最後の一手まで読めない将棋とか、
最後に一回折って唐突に完成する折り紙とかに憧れます。
モナドを予定調和させるさせるような最後の一行、
ほんと、難しいです。
  1. 2013/03/03(日) 12:40:48 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

遊びって、青梗菜さん、高度すぎる。
ヨシュア記が入っているなんて説明されなければ、誰も気づきませんよ!
読解不能の遊びって遊びって言えるのか?
  1. 2013/03/03(日) 23:31:49 |
  2. URL |
  3. oki #-
  4. [ 編集 ]

う~ん、
ヨシアキ、エリコ、城壁、行進、陥落。
誰か気づいた人はいませんか?
  1. 2013/03/04(月) 00:20:06 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

〉誰か気づいた人はいませんか?

全然気づきませんでした。
たぶんプロの編集者でも読解できる人はいないような――。
  1. 2013/03/04(月) 10:06:35 |
  2. URL |
  3. 瀧野信一 #-
  4. [ 編集 ]

ですか~、
世の中には、こんな浮かばれない仕掛けがいくつもあるのでしょうね。
夜中に書いた手紙とか。

ラブレターは、
朝になって、必ず読み返してから送信しましょう。
  1. 2013/03/04(月) 13:21:55 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

こんなことお尋ねして良いのか不安ですが、
ロジェ・カイヨワの本を読むにあたって、
「遊びと人間」からで良いでしょうか。
勿論、翻訳本ですが。
それとも、初心者は別のものが良いとか、ありますか?
哲学の本は、翻訳で読むと更に難解になる傾向があるので、
何かアドヴァイスが欲しいのですが。
なにせ、私は読書挫折ばかりなので。。。。
  1. 2013/03/04(月) 20:27:00 |
  2. URL |
  3. 海底まきがい #-
  4. [ 編集 ]

いやぁ、カイヨワとかはやめといたほうが…。
そんなに時間が経っていないはずのに、
もはや前提は大きく揺らいでしまってます。

僕には、新書の入門書がいちばん楽しいです。
ニーチェ、ソシュール、ハイデッガー、
ウィトゲンシュタイン、フーコーなんかの入門書、
音楽と酒を忘れずに。

で、それらを学問にしないで、生活に持ち込みます。
僕の半径数メートル、
それを置き去りに立てた世界は意味がありませんから。

っていうか、海底まきがいさんは今のままでも、
とても思索的な生活なので、
これ以上、苦労を背負いこむこともないかと。

okiさん、瀧野さん、コメントください。
  1. 2013/03/04(月) 23:28:26 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

古いですが、中村雄二郎『術語集』(岩波新書)の「2遊び」をご一読ください。
ベイトソン、ホイジンガ、カイヨワ、ニーチェ、山口昌男を参照しながらコンパクトに「遊び」についての視座を得ることができます。
もう読まれているのかもしれませんが、念のために。

カイヨワは『遊びと人間』からでいいと思います。
  1. 2013/03/05(火) 11:03:00 |
  2. URL |
  3. 瀧野信一 #-
  4. [ 編集 ]

さすが~、
そんな本がさらっと出てくる。
瀧野さん、生き地獄です、
もとい、生き字引。

的確、簡潔、丁寧、
ありがとうございます。
  1. 2013/03/05(火) 12:46:43 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

青梗菜さん、そして瀧野さん、
どうもありがとうございます。
なにしろハイデッガーの翻訳本の読み辛さに辟易してしまい、
異国の哲学書恐怖症になっていましたので、
大変参考になりました。
って、青梗菜さんのブログコメント欄をヤフー知恵袋みたいにしてしまったようで、
恐縮していますが。。。
  1. 2013/03/05(火) 21:42:19 |
  2. URL |
  3. 海底まきがい #-
  4. [ 編集 ]

哲学は原書で読まないとわからないですね。
僕はカント専門なのですが、ただカント以外は何も知らないんですが、岩波文庫の訳もかなり誤りがあります。
カントは関係代名詞でどんどん文章を繋げていくので、関係代名詞が何を受けているか読み取らないといけない。
東大哲学の坂部恵ゼミで、大学院生達が言っている事が全くわからず、大学三年生の夏休みに原書と取り組んだ事が良い経験になっています。
これから哲学という方は日本近代哲学がおもしろい。
西田幾太郎の絶対無、和辻哲郎の間柄の倫理、森有正の経験の思想も。
何しろ僕がこの中では、伝統的な哲学倫理に一番近いような、笑。
何しろ倫理専攻ですから。
  1. 2013/03/05(火) 22:00:29 |
  2. URL |
  3. oki #-
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ああ、因みに東大哲学は大学院に入るのも一苦労で、浪人する人もいる。
東大哲学大学院の入試問題の一例。
科学技術時代における哲学の役割を論ぜよ。
簡単そうだけど難しい。
まず、科学技術時代というけど、科学と技術はなぜ繋がるのとか。
  1. 2013/03/05(火) 22:06:18 |
  2. URL |
  3. oki #-
  4. [ 編集 ]

okiさん、さらにまた有難うございます。
純粋理性批判でも、頭が爆発しそうでした。
ただ字面を追うだけでも悪戦苦闘したのに、
さっぱり何ものこせませんでした。。。
現代は、科学と哲学の両方からのアプローチがとても増えていますね。
  1. 2013/03/05(火) 22:33:22 |
  2. URL |
  3. 海底まきがい #-
  4. [ 編集 ]

okiさん、こんにちは。

さすが~、
でも原書はご勘弁、もう無理です。
僕も岩波文庫の正法眼蔵全4巻、原書で格闘しましたけど、
って、道元は日本語でしたね。

ありがとうございます。
  1. 2013/03/05(火) 22:48:49 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

海底まきがいさん、こんにちは。

あはは、僕も同じ。
ハイデッガーとかの訳は、誰かが読むことを想定していません。
純粋理性批判っ、岩波の青でしょう?
笑けてきますよね。

ニーチェなんかは、まだふつうに読めます。
もともと文章が上手いのでしょうか。

西田幾太郎も笑いどころ満載です。

作られたものは作るものを作るべく作られたのであり、
作られたものというそのことが、
否定せられるべきものであることを含んでいるのである。
しかし作られたものなくして作るものというものがあるのでなく、
作るものはまた作られたものとして作るものを作って行く。
――“行為的直観”

いいでしょう?
  1. 2013/03/05(火) 22:49:37 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

やはり、エリコは引っ掛かりました(笑)

「僕」は青梗菜さんとして、誰のロールプレイ?
亡くなったモーセ? ヨシアキ君にけしかけたのは青梗菜さん?
なんてw

以前、野良猫に、哀れな姿になったネズミを貰ったことがあるのですが、お礼だけ言って、その猫が去ってから埋めました。猫は私にネズミを食べさせようとしたのでしょうが、目的は果たされず、ネズミは埋葬されるという…私はこの過程に面白味を感じていました(笑)
そのあともバッタとか貰い、また埋める♪
猫の行動に対する自分の反応が「遊び」に近いのかも? 猫は人間を大きい猫だと思っていて、人間は猫を猫だと思っているそうですが、この差異が遊びのような感覚を生むのかも?

青梗菜さんにとって自分で作った砂の城は壊したあとも「砂」ではなくて「壊れた砂の城」なのですね
。自分の目的意識や楽しかった時間を閉じ込めた残骸として捉えている…う~んロマンチスト♪

私は哲学はさっぱり…なのですが…w
西田幾太郎、笑ったw
谷川俊太郎の詩みたいw
  1. 2014/08/02(土) 19:51:02 |
  2. URL |
  3. 小奈鳩ユウ #0TSJikig
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ユウさん、さすが~!w

3月2日に書いて、今日は8月2日、
気づいてくれる人を待って、17か月、
いや、ちょっと早いな~、
800年くらい待ち続けるのが神話的w。

猫は人間を大きい猫だと思っていて、
って、なるほど、そうですよね!
人も、犬も、花も、空も、猫には猫なんですよ、擬猫法です。
人間も猫を猫だと思っているつもりで、
やはりどこかで人だと思ってます、擬人法です。
猫は人と猫の遊びをして、人は猫と人の遊びをする、
ってことでしょうね。
ヨシアキくんにとっての天守閣が、
エリコちゃんにとっての尖塔だったりするように。
  1. 2014/08/02(土) 20:54:06 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

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