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ハビトゥス ―― 100分de名著、ブルデュー「ディスタンクシオン」 6/9


    『ディスタンクシオン』においては、ハビトゥスは
    非常に深いレベルで私たちの嗜好や行動を方向づける
    「身体化された必然」であると書かれています。
    つまり、私たちは、意図することなく自然に、
    無意識に、反射的に、ある選択や
    評価をしているというわけです。

    これには賛同しかねる部分も
    あるのではないでしょうか。
    たしかにハビトゥスらしき傾向性は
    あるかもしれないけれど、
    私たちはいつも同じ行動を
    機械的に産出しているわけではありません。
    その場その場の文脈において、
    自由に、自分の意志で、主体的に
    評価や行為をおこなっている感覚があるはずです。

    ところがブルデューは、それらを積み重ねて
    マクロレベルで見てみると、
    私たちの行動やものの捉え方には
    一定のパターンがあるのだといいます。
    そのパターン、つまりハビトゥスからは、
    完全に自由になることはあり得ない。
    そういう意味で「身体化された必然」と
    言っているわけです。[p32-33]

    ―― 100分de名著、2020年12月、ブルデュー、ディスタンクシオン
    ―― 岸政彦 著、2020、NHK出版



では、ブルデューを理解しようと努めて、
至らなくても、まがいなりにも、ある程度は理解して、
理解した上で、何かにつけてブルデューに突っかかる僕なら、
ハビトゥスから自由であろうとする傾向性がある。

何かにつけて、意図することなく、自然に、無意識に、
反射的に、自らのハビトゥスを疑って、
つまり、自らのハビトゥスに対して、不自然で、意識的で、
自覚的でありたいと思う性向がある。

或いは、そんな傾向性や性向、それさえも、
いつもと同じ、僕の、機械的なハビトゥスの一つであり、
ハビトゥスから逃れることはできないと、
そう言われたなら、言い返せなくなるけれど。

いつだって、そんなことを書いている僕なら、
なるほど、ハビトゥスは、身体に深く根差した必然だ。



    200223d.jpg



>非常に深いレベルで私たちの嗜好や行動を方向づける
>「身体化された必然」であると書かれています。
ハビトゥスをそのように定義したのなら、ちょっと狡(ずる)い。
ハビトゥスから自由になることはあり得なくて当然だ。

自由になることができるのなら、
それは、もとより、ハビトゥスではあり得ないもの。



    

    Well, Americans: What, nothin' better to do?
    Why don't you kick yourself out? You're an immigrant too.

    ―― Icky Thump/The White Stripes
    ―― Jack White 作詞作曲、2007、Warner Bros.



201203.gif

テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2021年02月22日 00:00 |
  2. 自分らしさ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4

コメント

で、簡単に言えば

ハビトゥスは、簡単に言えばしかも、分かり易い表現では、
喫煙の習慣という、どうでも良いこと、しかし、持続しているものと
理解して宜しいでしょうか。

僕は、ハビトゥスから人格つまり、人間の人格そして会社、法人としての会社そして更には国家、法人としての国家への射程距離を
持っていて、死ぬまでに書き終えることはないと安心しています。

ただ、お宅様のスタイル、ハビトゥスの廻りを近付き、またそこから
離れるような文章のスタイルは良い、気に入っています。

どこか、日本人離れしています。
  1. 2021/02/22(月) 05:08:47 |
  2. URL |
  3. 金子隆徳 #-
  4. [ 編集 ]

これは、自閉症スペクトラム障害の僕にはよく分かる。
「儀式化されたこだわり」と精神医学的には言いますが、もうそれから逃れられない。本人は、意識的に自由に行動しているつもりだけど、無意識のうちに、そのこだわりを選択してしまう。
しかもこの障害は質より量の問題、平常人のこだわりの延長線上にある。
前にも書いたけど、平常人でも、本を1巻から揃えて棚に並べないと気が済まないという人は大いに
いるけど、その延長線上にある。
だから「ハビトゥス」は「儀式」と解しても差し支えないかな。
今、本を揃えて並べると書いたけど、そんなことある意味知的階級じゃなきゃしないから、ハビトゥスが生まれや育ちによって規定されることもよく分かる。
青梗菜さんのハビトゥスは、相田みつをでもアドラーでもなんでも、読んだものに突っかかっていくことですか、それが儀式的行動ね、笑
問題は、そういうハビトゥスは、不変じゃないということ。
環境が変われば、あるいは時代も変われば、あるいは社会も変われば、そういう儀式的行動も自ずと変わってくる。
それは、障害者だろうと平常人だろうとエリート層だろうと同じこと。
そこがね、ブルデューの見解を知りたいって、本は届いてますが、積読。
このハビトゥスは僕は変わってないなあ。いつか読もうと、あると満足。
  1. 2021/02/22(月) 06:58:50 |
  2. URL |
  3. oki #ibS8y52A
  4. [ 編集 ]

金子さん、こんにちは。

>ハビトゥスは、簡単に言えばしかも、分かり易い表現では、
>喫煙の習慣という、どうでも良いこと、しかし、持続しているものと
>理解して宜しいでしょうか。
例えば、金子さんは、僕の紹介で、ブルデューに出会ったとします。
しかし、ブルデューからのメッセージが金子さんに届いても、
もしも、金子さんの思考の枠組みに収まってしまうのなら、
金子さんはブルデューに出会っていません。
トマス・アクィナスと出会っているに過ぎません。
仮に、自分の視点を固定するだけだとしたら、
自分と出会っているに過ぎません。

金子さんには、
>その場その場の文脈において、
>自由に、自分の意志で、主体的に
>評価や行為をおこなっている感覚があるはずです。
だから、ブルデュー理論における「ハビトゥス」を読んで、
ある程度は理解して、
理解した上で、ブルデューを、考えてない、と評価します。
でも、
>意図することなく自然に、
>無意識に、反射的に、ある選択や
>評価をしているというわけです。
トマス・アクィナスのように考えてない、
自分のように考えていない、
考えてない、とは、もしかしたら、
そういう評価なのかもしれません。

ハビトゥスは、簡単に言えば、しかも、分かりやすい表現では、
そんな、どうしようもない傾向性、身体化された必然です。
以上、もちろん、仮定の話です♪
  1. 2021/02/22(月) 10:10:50 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #De6CjWPI
  4. [ 編集 ]

okiさん、こんにちは。

>前にも書いたけど、平常人でも、本を1巻から揃えて棚に並べないと気が済まないという人は大いにいるけど、その延長線上にある。
僕は、揃えて棚に並べた後に、配列を崩したり、斜めに置いたりするのw。
掃除をした後には、落ち葉を散らすよ♪

>だから「ハビトゥス」は「儀式」と解しても差し支えないかな。
ブルデューは、心理的な向きには行かないみたい。

>今、本を揃えて並べると書いたけど、そんなことある意味知的階級じゃなきゃしないから、ハビトゥスが生まれや育ちによって規定されることもよく分かる。
4行ずつ段組みして文章を書く、とかもなぁ。

>環境が変われば、あるいは時代も変われば、あるいは社会も変われば、そういう儀式的行動も自ずと変わってくる。
>それは、障害者だろうと平常人だろうとエリート層だろうと同じこと。
心は環境と相互に作用して、環境の側が行動を起こさせます。
自転車で走る能力があっても、
自転車がなければ、道がなければ、走ることなんて思いつかない。
むしろ、環境がほとんどすべてと言っていい♪
  1. 2021/02/22(月) 10:52:37 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #De6CjWPI
  4. [ 編集 ]

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