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対蹠点の発見 ―― 100分de名著、ブルデュー「ディスタンクシオン」 14/14


    …… こうした習慣や態度や性向は、
    なかば無意識で作動します。
    ですから、『ディスタンクシオン』は
    「趣味」に関する本ですが、この趣味は
    はっきりしたホビー hobby という意味の趣味と、
    テイスト taste という意味の、
    趣味が良いとか悪いとかいうときの趣味
    (つまりそれはより無意識的な、
    習慣的な、身体的なものです)の
    両方を含むと考えてください。[p22]

    ―― 100分de名著、2020年12月、ブルデュー、ディスタンクシオン
    ―― 岸政彦 著、2020、NHK出版



>数字やファクトがあり、その上にロジックを積むことを、
>知性、知的な作法、知的な行動様式とするのなら、
>「稲妻の一撃」は反知性的で、切り捨てられるものだろう。
それがインテリの、無意識的なテイストか。

老婆の気持ちに添うのではなく、
インテリのクラスター内での相互了解を答とする。
それがインテリの習慣的なテイストか。
なるほど、僕とは身体的なテイストが違うらしい。



    200208a.jpg



>趣味でも、恋愛でも、学問でも、宗教でも、何でもいい、
>誰かにとっては見過ごされる出会いが、
>自分を捉えて離さない出会いになる。
「稲妻の一撃」は、偶有性から単独性への転倒で、

それは、たまたま、偶然に流れてきた、偶有性の音楽を、
自分にとっては特別な音楽と、錯覚することである。
幻想なんてことくらい、僕にだって分かっている。
もとより、幻想だから、超越性が必要とされるんだ。

「魂を震わすような」とか、「何か霊的な」とか、
その音楽が特別な音楽であるという承認のために、
例えば、魂や、例えば、霊が要請されているわけで、
僕だって、プリミティブに霊魂を信じているわけではない。

そして、その音楽が特別であるという転倒は、
その音楽を選んだ自分も、特別な人になるということだ。
たまたま、偶然に生まれてきた偶有の自分から、
自分という、単独で、特別な人に引き上げられてくる。

趣味も、恋愛も、学問も、宗教も、何でも、
僕なら、「稲妻の一撃」を感じて生きていたいけれど。
>テイスト taste という意味の、
>趣味が良いとか悪いとかいうときの趣味

なるほど、テイストを基点にすれば、
僕は、悪趣味な対蹠点に立っているらしい。



    

    And you know why you love at all
    If you're thinking of the Holy Ghost

    ―― Dead Leaves and the Dirty Ground/The White Stripes
    ―― Jack White 作詞作曲、2001、Sympathy for the Record Industry



201203.gif

テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2021年02月16日 00:00 |
  2. 自分らしさ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:6

コメント

スーパーで値引きシールがついてるのを見ると
「稲妻の一撃」を感じてつい買ってしまう
日々一撃を食らってる気がする
  1. 2021/02/16(火) 00:22:18 |
  2. URL |
  3. ランタナ #bAcQnUEc
  4. [ 編集 ]

青梗菜さん、こんにちは!!^^

>>「稲妻の一撃」(ry
これをもし食らつたなら死ぬつてことぢやね?雷撃機ぢやなくてルター達(ら)のことなんですけど。

>    趣味が良いとか悪いとかいうときの趣味
そーゆー意味もあるんだ。

>もとより、幻想だから、超越性が必要とされるんだ。
なんで?

>その音楽を選んだ自分も、特別な人になるということだ。
選ぶだけで、か!(食べなきや分からねーだろつて意味です。)m(__;m



  1. 2021/02/16(火) 17:26:13 |
  2. URL |
  3. くわがたお #-
  4. [ 編集 ]

例えば、岡本太郎。
縄文土器を「発見」したのは太郎だという。
国立博物館で、縄文土器をみて「こんな日本もあったんだ!」と「稲妻の一撃」を受けたんですよね。
先人、誰も縄文土器の「価値」を「発見」したことなかった。
これは、どう捉えるべきか?
美術館博物館に行くのは、インテリのやることかもしれないけど、誰も気づかなかったことに気づき、新しい文化の先駆者になる、これは習慣とかインテリ層とは関係ないこと。
むしろ、そういう気づきは部外者の眼と言える。部外者つまり変人ですね。
既存の美術観、歴史観に凝り固まっていては気づけないものを気付く。
よく言いますよね、歴史は変人が創ると。
太郎は、縄文土器を「発見」してから、日本の各地を廻って、芸術風土記という作品におさめた。
縄文土器との出会いが確実に太郎を変えた。
「稲妻の一撃」恐るべし。
やはり第三者の眼というのを想定しないといけないと思う。
その共同体の部外者あるいは周縁者、その気づき、それが大きいんじゃないかなと。
  1. 2021/02/16(火) 18:48:49 |
  2. URL |
  3. oki #ibS8y52A
  4. [ 編集 ]

ランタナさん、こんにちは。

>スーパーで値引きシールがついてるのを見ると
>「稲妻の一撃」を感じてつい買ってしまう
たしかに、値段の引き下げは、
偶有性から単独性への引き上げになるけれど。

>日々一撃を食らってる気がする
そう言えなくもないけれど。
  1. 2021/02/16(火) 20:31:27 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #De6CjWPI
  4. [ 編集 ]

がたおさん、こんにちは。

>これをもし食らつたなら死ぬつてことぢやね?雷撃機ぢやなくてルター達(ら)のことなんですけど。
落雷の後は回線が死んで、つながらないときがあるよね。
(それは、ルーター)

>そーゆー意味もあるんだ。
そうみたい。

>なんで?
説明ができないことを、無理に説明しようとするときには、
説明ができないものを引き合いに出してくるほかはないでしょう?

>選ぶだけで、か!(食べなきや分からねーだろつて意味です。)
何かを選ぶ、ってことは、
何かに選ばれる、ってことなのよ、きっと。
そうとも限らないことが多いけれど。

フランス語では、稲妻の一撃、un coup de foudre は、
ひとめぼれ、のことなのね。
  1. 2021/02/16(火) 20:32:54 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #De6CjWPI
  4. [ 編集 ]

okiさん、こんにちは。

>先人、誰も縄文土器の「価値」を「発見」したことなかった。
>これは、どう捉えるべきか?
価値も、ロジックも、同時に教養として憶えるから。

>美術館博物館に行くのは、インテリのやることかもしれないけど、誰も気づかなかったことに気づき、新しい文化の先駆者になる、これは習慣とかインテリ層とは関係ないこと。
>むしろ、そういう気づきは部外者の眼と言える。部外者つまり変人ですね。
ダ・ヴィンチは遠近法の創始者。
ダ・ヴィンチの絵から、ピカソは、
単一焦点ではなく複数の視点から捉えられた部分を発見する。
一点透視を確立した人の絵から、キュビズムを発見するのw。

>やはり第三者の眼というのを想定しないといけないと思う。
>その共同体の部外者あるいは周縁者、その気づき、それが大きいんじゃないかなと。
それを信じて、畏れ多くも、ブルデューに逆らって、
気づいたことを書いてみよう♪

「眼」とは歴史の産物であり、
それは教育によって再生産される。
―― ピエール・ブルデュー
  1. 2021/02/16(火) 20:34:19 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #De6CjWPI
  4. [ 編集 ]

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