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対蹠点の発見 ―― 100分de名著、ブルデュー「ディスタンクシオン」 11/14


    さきほど私は、自分がたまたま出会って
    好きになったはずの映画や音楽、
    好きで選んだはずのライフスタイルが、
    どうしてこうも類型的になるのかと述べました。
    ブルデューはまず、「たまたま出会った」を
    否定するところから論を始めます。

    すばらしい芸術や音楽との、突然の出会い。
    それは魂を震わすような、
    ドラマティックな瞬間です。
    彼はこの出会いの瞬間、何か霊的な、偶然の、
    心と心とが直接ぶつかり合うような触れ合いを
    「稲妻の一撃」と言い換え、
    そしてあっさりとそれを否定します。

      正統的文化に関わる趣味を
      自然の賜物(たまもの)と考える
      カリスマ的イデオロギーに反して、
      科学的観察は文化的欲求が
      実は教育の産物であることを示している。
      アンケート調査を見ると、
      あらゆる文化的慣習行動(美術館を訪れること、
      コンサートに通うこと、展覧会を見に行くこと、
      読書をすること、等々)および
      文学・絵画・音楽などの選好(プレフェランス)は、
      まず教育水準(学歴資格あるいは
      通学年数によって測定される)に、
      そして二次的には出身階層に、
      密接に結びついているということがわかる。

    私たちの日常的な文化的行為、
    すなわち趣味は、学歴と出身階層によって
    規定されているというのです。[p19-21]

    ―― 100分de名著、2020年12月、ブルデュー、ディスタンクシオン
    ―― 岸政彦 著、2020、NHK出版



ブルデューは、趣味は自然の賜物ではなく、
科学的に観察すれば、教育の産物だという。
>70年代くらいまでの昭和の男たちが、
>みんなで同じような趣味を共有していたこと。
>みんなで、正統性みたいなものを与え合っていたこと。

そんな趣味は、高い学歴と高い出身階層の大人の、
一般教養必須科目になっていたと思う。



    200208f.jpg



    ふたたび自分の話になりますが、
    私が初めてジャズに出会ったのは中学生の頃でした。
    ある夏の日、赤いダブルデッキの
    ラジカセで聴いていたラジオから、
    ウィントン・ケリーのピアノが流れてきたのです。
    その音楽はきらきらと輝いていました。
    木の葉が風で揺らいでいるような、
    そんなピアノでした。
    私は衝撃を受け、ものすごく感動し、
    これは霊的な出会いだ、
    まさに「稲妻の一撃」だと思っていました。[p21]

岸政彦も、ウィントン・ケリーとの出会いを、
ブルデューに倣って「稲妻の一撃」と言い換え、
そして、あっさりと否定する。
その頃は、「わずかですがジャズのレコード」があり、
「百科事典や文学全集もあって、」[p21]

「この世界には音楽や芸術のようなものが存在する」ことを、
「身近に感じていた」から、
「音楽作品と出会うための下地があった」[p21] という。
僕には、そもそも、なぜ、自然の賜物と、
教育の産物を対置させるのかが分からないけれど。

「そもそも音楽を鑑賞するという習慣、
態度、構え、性向といったものがまったくないと、
ラジオから流れてくるものは
ただの音にしか感じられないでしょう。」[p22]
って、そこまで一般化されるのは困る。

    音楽という芸術分野を鑑賞する態度や
    習慣や構えをまったく持たない状態では、
    たとえラジオからたまたま
    素晴らしいピアノが流れてきても、
    「ウィントン・ケリーめっちゃいい!」
    とは思えないのです。[p22]

確かに、生まれたばかりの赤ん坊なら、バド・パウエルでも、
セロニアス・モンクでも、何を聴いても感動しないけれど。



    

    Must we have to pick one or the other?
    Will we know this or always wonder?

    ―― City Lights/Jack White
    ―― Jack White 作詞作曲、2016、Third Man



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テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2021年02月13日 00:00 |
  2. 自分らしさ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

コメント

そうなのかなー

讃美歌とか、キリスト教の音楽って、
全然信者じゃなくても歌詞の意味わからなくても
荘厳で厳粛な雰囲気は伝わるけど
事前に教育されてるのかなぁ

よくわからないなぁー?
  1. 2021/02/14(日) 20:49:47 |
  2. URL |
  3. ランタナ #bAcQnUEc
  4. [ 編集 ]

ランタナさん、こんにちは。

長調、短調の情緒性は、教育ぢゃないみたいよ。
でも、乳児では無理みたい、なんにしても。
  1. 2021/02/14(日) 21:22:55 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #De6CjWPI
  4. [ 編集 ]

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