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tetsugaku poet

qinggengcai

freedom と liberty 11/15


>自由に、学びたい、働きたい。
>自由に、他人とつき合いたい、恋をしたい。
>自由に、遠くに行きたい。
>僕たちには、あらかじめ、当たりまえに、
>そんな自由が与えられている。

「freedom」が意味する自由は、受動的で、
当然に、誰にでも備わっている自由であり、
この自由に対する侵害は許されない。
人の身体を、一定の場所に拘束して、
移動の自由を奪えば、監禁罪を構成する。

自分を、学ばせない、働かせない。
他人とつき合わせない、恋をさせない。
部屋に閉じ込めて、どこにも行かせない。
僕たちに、あらかじめ、当たりまえに備わっている、
そんな「freedom」を奪うのなら、

それは、自由に対する罪である。



    190513.png

    

    あたまとからだ 丸で食ひ違ふ
    人間たる前の単に率直な感度を頼つてゐたいと思ふ さう正体は獣

    ―― 獣ゆく細道/椎名林檎、宮本浩次
    ―― 椎名林檎 作詞作曲、2018、EMI Records Japan



テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2020年06月05日 00:00 |
  2. 自分らしさ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:6

コメント

某教団の人たちが以前
「私たちの共同生活をする場所から世俗に戻って何がいいことあるんですか」的な問いを投げていたのを思い出しました

そしてそれに対する反論にならないかもしれないけど、
某大統領が「国家が何をしてくれるか、ではなく、
国家に何ができるか」という演説をしたのを思い出しました

m(_ _)m zz(寝てるんかい!)
  1. 2020/06/05(金) 00:14:06 |
  2. URL |
  3. ランタナ #bAcQnUEc
  4. [ 編集 ]

ランタナさん、こんにちは。

>「私たちの共同生活をする場所から世俗に戻って何がいいことあるんですか」
反論のつもりだろうか。
国家には、反論の水準を上げることはできないなぁ。

>m(_ _)m zz(寝てるんかい!)
はははw。
  1. 2020/06/05(金) 00:33:20 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #De6CjWPI
  4. [ 編集 ]

>>「私たちの共同生活をする場所から世俗に戻って何がいいことあるんですか」
>反論のつもりだろうか。
そうですねぇ。こっちの世界に戻ってきても、
楽しくないんだろうな、って思って聞いてました。
いいことないって言うけど・・・
目標なりやりがいなり楽しみなり自分で見つける
しかないですよね。世の中がよくなるの待ってられないし、
もっとひどい時代もあったし。
周りのせいにしてても周りの人は大したことは
できないと思う。
よっぽど条件が揃わない限り。

子供が赤ん坊の頃、誰にも言われなくたって、
腹筋使って足蹴りだす練習してそのうちはいはいして
つかまり立ちして外へ外へって自分を
突き動かしてたんですよね。
誰にも教わってないし強いられてないのに。
特に下の子は上の子を見て自分も動きたい!
と思うのか早かったです。

どんなに転んだって泣かなかったし、
誰のせいにもせずひたむきでした。
本人忘れてるけどw

>国家には、反論の水準を上げることはできないなぁ。
具体的なようですごく抽象的ですよね。
だから解決しないし、ずっと「反論」してられる。

小さいことでいいから具体的な行動をしたほうが
いいと思う。一人ひとりが活性化したら小さい国家で
済むと思うもの。
  1. 2020/06/05(金) 10:59:18 |
  2. URL |
  3. ランタナ #bAcQnUEc
  4. [ 編集 ]

>「私たちの共同生活をする場所から世俗に戻って何がいいことあるんですか」
ってのは、間接的に、私たちの共同生活は、
世俗よりもいいことがある、と言っています。
質問、ではなくて、反論です。
外に出て、何かいいことあるんですか、ってのも、
反論なのでしょう。

優れた人、というのは、
他の人たちに比べて、相対的に優れている、ってことであり、
他人を愚かだ、馬鹿だと言う人は、
間接的に、自分が他人よりも優れている、
と言っています。
人と関われば、関わるほど、
自分が優れているなんて思えなくなりますから、
外に出てもいいことなんてありません。

今よりも、自分が、優れた人になりたい、そう思うとき、
自己閉塞の機構から出て、自分を外に向かわせます。
子どもは、他人を愚かだ、馬鹿だと見下さなくても、
自分が引き上がれば、それでよかったんですよ。

優れている人は、人間嫌いになりますね。
馬鹿どもとは関わっていられないもの。
逆に、人間嫌いが優れた自分を作り上げることもある。
たいして優れていなくても、
自分以外はみんな馬鹿と思うことによって。
  1. 2020/06/05(金) 16:29:33 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #De6CjWPI
  4. [ 編集 ]

私は優れてないから、外に向かいます。
人間に傷つけられるけど、
癒やされるのも人間との関わりなので、
今は大好きな人間関係に囲まれてます。

安全で居心地よいところから、一度出たら
あっちからもこっちからも攻撃受けたけど、
今の境地にたどり着けたのか
周りに味方の囲いを築けたのか
わからないけど。

生きてたら思うようにならないことは
毎日あるけど、それでもしのぎようとか
やりすごしようとか、励ましあいとか
共有できる仲間がいるのはありがたいです。


>借りものゝの命がひとつ 厚かましく使ひこむで返せ
このフレーズが印象に残りました
  1. 2020/06/05(金) 17:45:37 |
  2. URL |
  3. ランタナ #bAcQnUEc
  4. [ 編集 ]

>私は優れてないから、外に向かいます。
そりゃそうだ♪

極論してみます。
もしも、自分は優れていて、特別で、偉大なら、
僕なら、劣等者どもで組成された外界など必要としません。
劣った者たちと関わって、何がいいことあるんですか?
愚かな者たちに訊いて、何になるのですか?

他人と関わらなきゃ、感性も美意識も鈍りますよ。
その代り、自我や利己心は膨れ上がるのかもしれない。
でも、自分で自分に与えることのできる肯定感なんて、
たかが知れています。
誰からも認めてもらえない自己肯定感なんてのは、
自分以外をみんな劣等者に貶めなきゃ成り立たない。

なにより僕が思うのは、
僕は、そんな極論では生きていない。
他人は、優れてもいないし、劣ってもいない。
特別でもないし、平凡でもない。
偉大でもないし、卑小でもない。
自分だってそうです。
ありもしない対立を作って、
上だとか下だとか、勝ったとか負けたとかで判断するのなら、
頭が悪すぎます。
  1. 2020/06/06(土) 11:33:21 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #De6CjWPI
  4. [ 編集 ]

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