他人に認められて、そして、
他人から認められる自分なら、
自分でも自分を認めていい、ってのは、
なんとも、間抜けな関係だ。
>その本質は、言葉を纏(まと)った性欲である。
もしも、言葉を身につけていないのなら、
恋愛は、ただの間抜けな性欲だ。
利口な人なら、もちろん、しないほうがいい。
間抜けな関係なら、それを露呈させないためには、
幾重にも、不合理な言葉を纏わなければならないから。

不合理ゆえに、恋愛は、小説や、映画や、詩や、歌や、
いつだって、膨大な言葉を必要としている。
恋をすることは、間抜けで、軽率で、愚かしく、
ラブリーな恋の歌にアクセスするIDと、
ラブリーな歌詞を解読するための、
パスワードを得ることである。
君と僕とは ドキドキしてるよ
誰かの待つ歩道を歩いてく
―― ラブリー/UA
―― 小沢健二 作詞作曲、1994、東芝EMI
テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術
- 2020年04月24日 00:00 |
- 音楽
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