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tetsugaku poet

qinggengcai

誰だって、自分が正しい 49/50


>人は、そもそもから、精神的に異常である。
誰だって、一人のときなら、
多少なりとも気が狂っているだろう?
異常とは、社会に対する異常であり、
気が狂った自分を、社会に晒(さら)すことである。

誰だって、自分が正しい、と言うほかはないように、
社会だって、自分が正しい、と言うほかはない。
正常も、異常も、定義は不可能で、
近代社会が、合理的に、生産的に機能するために、
恣意的に作り出したルールに過ぎないけれど、

それが分かった上で、僕は、
ルールへの追従を指向する自分が正しい、
と言うほかはない。



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異常から正常に向かうことを、寛解、と呼ぶのなら、
それは、道徳への隷属で、理性への服従で、
同じような人たちの一員に成り下がることである。
自分一人の正しさを譲らない人は、必然的に、
独りになる、ってことと引き換えだ。

自分の正しさを曲げるのだから、
正常とは、自分に対する不正であるが、
同じような人たちへの愛は、自己犠牲を許容する。
自分の正しさを譲らない人は、必然的に、
愛さないし、愛されない、ってことと引き換えだ。

それが分かった上で、僕は、
愛し、愛されることを指向する自分が正しい、
と言うほかはない。



    200127f.jpg

    

    今の僕には何ができるの? 何になれるの?
    誰かのために生きるなら 正しいことばかり言ってらんないよな

    ―― 白日/Goose house
    ―― 常田大希 作詞作曲、2019、Ariola Japan



    狂気は、未開の状態では、発見されることはありえません。
    狂気は、ある社会のなかにしか存在しないのです。
    つまり、狂気というのは、狂気 [とされるもの] を
    孤立させるような感情のあり方、
    狂気 [とされるもの] を排除し、
    つかまえさせるような反感(嫌悪)のかたちがなければ、存在しないのです。
    こうして、中世において、そしてルネッサンスにおいても、
    狂気は、一つの美学的ないし日常的な事実として
    社会の視野のなかに立ち現れていたのだと言えます。
    そして、十七世紀において ―― ここから監獄が始まります ―― 狂気は、
    沈黙と排除の時代を経験することになります。

    ―― ミシェル・フーコー思考集成 Ⅰ 1954-1963/ミシェル・フーコー 著、
    ―― 石田英敬、金森修、増田真 ほか 訳、石田英敬 編、1998、筑摩書房



    200316.jpg



テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2020年03月25日 00:00 |
  2. 自分らしさ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:8

コメント

ちょうどいい塩梅、がいいのかな。
同じような人たちの一員に成り下がるのは、つまらないけど、
肝心なとこで思いっきりズレてたら支障あるし。
愛さないし、愛されないのは、自分の正しさを譲らないからだ、
ということになりますか。イコールかな。
イコールかもしれんな。
  1. 2020/03/25(水) 01:18:08 |
  2. URL |
  3. プラトニックまいまい #-
  4. [ 編集 ]

まいまいさん、こんにちは。

>同じような人たちの一員に成り下がるのは、つまらないけど、
>肝心なとこで思いっきりズレてたら支障あるし。
ここはこっちに、そこはそっちにズレてる人が好きですが、
しかし、それをズラしたら人としてどうなのよ、みたいな。

>愛さないし、愛されないのは、自分の正しさを譲らないからだ、
>ということになりますか。イコールかな。
>イコールかもしれんな。
好きになったら、なった分だけ譲れるんだから、
もっと好きにならせてくれませんか、みたいな。
  1. 2020/03/25(水) 01:48:13 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #De6CjWPI
  4. [ 編集 ]

青梗菜さんの仰ることを全面的に肯定した上で、敢えて問うならば、自分の正しさを曲げる時、どの程度曲げたら良いかというのは、発達障害者にとっては大問題でして、つまり、相手との適切な距離の取り方が分からない。
ショペンハウアーの言う、ヤマアラシのジレンマですよ。
つかず離れず、期待される役割を演じるというのもまた難しい。
  1. 2020/03/25(水) 02:12:43 |
  2. URL |
  3. oki #ibS8y52A
  4. [ 編集 ]

青梗菜さん、おはようございます!!^^

>正常も、異常も、定義は不可能で、
違和感あるぅ~!でも、論理を追えば(ry。思い出したくもありませんが例えば、

会社が残業禁止と云ふことは正しい。
私だつて残業なんてしたくない。
故に私が酔つぱらつて上司に暴言電話をすることは正しい。
という3段論法ですか。(反語)

ちょいわるおやじとかヤンキーとかショッカーはどちら側ですか?
あと、寛解ってナース用語ですか?それから、御記事最後のイラストのひよこは豆電球ぢやだめですか?m(__;m
  1. 2020/03/26(木) 10:40:02 |
  2. URL |
  3. くわがたお #-
  4. [ 編集 ]

okiさん、こんにちは。

>自分の正しさを曲げる時、どの程度曲げたら良いかというのは、発達障害者にとっては大問題でして、つまり、相手との適切な距離の取り方が分からない。
韓非子の12、「説難」、説明の難しさ。
    凡そ説の難きは、
    吾れこれを知れて
    以てこれに説くこと有るの難きに非ざるなり。
    凡そ説の難きは、
    説く所の心を知りて、
    吾が説を以てこれに当つべきに在り。
説くことの難しさは、
自分が、説明するために、
じゅうぶんなの知識を持つことの難しさではない。
説くことの難しさは、
相手の心情に合わせて説明することである。

正しいから受け容れるのではなく、
相手の心に合わせることができれば、
相手は自分を曲げてくれる。
つまり、説明不可能な難しさ♪
  1. 2020/03/26(木) 22:27:25 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #De6CjWPI
  4. [ 編集 ]

がたおさん、こんにちは。

>違和感あるぅ~!でも、論理を追えば(ry。
刀を差して歩いている人も、
ラーメンマンみたいな髪型の人も、
15で嫁に行く姉やも異常ですが、
それぞれ、なぜ異常なのかは分かりません。

>会社が残業禁止と云ふことは正しい。
>私だつて残業なんてしたくない。
>故に私が酔つぱらつて上司に暴言電話をすることは正しい。
>という3段論法ですか。(反語)
前提が必ずしも正しいとは言い切れず、
その上、結論が跳んでいて、
結論だけを評価した場合でも、
妥当ではないと、退けたくなる気がします。

>ちょいわるおやじとかヤンキーとかショッカーはどちら側ですか?
ちょいわるおやじとヤンキーは、仲間内では正常です。
ショッカーの構成員は、ショッカーという共同体の内部においては正常で、仮面ライダーが異常です。

>あと、寛解ってナース用語ですか?
ナースなら、ふつうに用いると思います。

>それから、御記事最後のイラストのひよこは豆電球ぢやだめですか?
だめというわけではありません。m(__;m
  1. 2020/03/27(金) 01:27:48 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #De6CjWPI
  4. [ 編集 ]

ヤマアラシのエピソードは
ショーペンハウエルさんなんですね~(無知)

個人的にこれも興味あるテーマです。

あ、リクエストじゃないですからっw
  1. 2020/03/27(金) 12:26:17 |
  2. URL |
  3. ランタナ #bAcQnUEc
  4. [ 編集 ]

ランタナさん、こんにちは。

自分の体温も好きで、
他人の体温も心地いいよ。
一人で踏ん張ってるときがあってもいいし、
抱き合って転げ回ってるときがあってもいいよ。
近くても、離れていても平気。
二項対立させなきゃ解決ですよ♪

距離が気になるのは、
嫌いな人に対してかもな。
  1. 2020/03/27(金) 12:56:37 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #De6CjWPI
  4. [ 編集 ]

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