悪口なら、誰でもいくらでも書ける。
考える、ってことが、
悪口のフレーズを考える、ってことと、
同義になっている人は多いもの。
自分の中が空っぽでも、
誰かを否定し、攻撃することによって、
自ずと立ち位置は定まってくる。
嫌いな対象が、立場を与えてくれる。
悪口を並べている人たちが、
どこに立って、どこを見つめているのかを、
意識していることは少ない。
自らの立ち位置と、視点の先を、
予め見出していることは極めて少ない。
待てこら 未だ答えは聞けちゃ居ないのさ
洗い浚い吐け 今宵は常套句なんて通用しないと思え
―― 喧嘩上等/東京事変
―― 椎名林檎 作詞作曲、2006、東芝EMI
>好きではない、って関心のなさから始まったのに、
>嫌う、って関心にジャンプして、
>大嫌い、って、強い関心に至っている。
>嫌いなら、見なきゃいいのに、
>嫌い、と言いながら、目を逸らせない。
>好きなものを見ているほうが穏やかでいられるのに。
嫌いな対象に依存した立ち位置で、
そこからの眺めを、嫌いだと言い募る。
対象から目を逸らせるわけがない。

見ていたいものを、見ていたいのに。
テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術
- 2019年09月23日 00:01 |
- ラパン/ミニ
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