FC2ブログ

tetsugaku poet

qinggengcai

軽く叩いてみる (*^ω^*) 1/3


言いたいことは、もう二度と関わるな、ってこと。
彼とは、言葉が通じるとは思えないから。
以下、8月の、4日分ほどの、彼のブログの感想を書いてみる。



8月5日、タイトルは、「君がいた夏、僕がいた夏…」、
https://pobohpeculi.blogspot.com/2019/08/blog-post_5.html
彼は、二階堂奥歯、って人の、『八本脚の蝶』から引用する。

    ものごころのつきはじめた頃。
    いろとりどりの光の揺らめきでしかなかった世界を分節しはじめた頃。
    その頃見ていた景色はこんな感じではなかったか。

    はじめて空を見た頃。
    はじめて水面に映る秋桜の影を見た頃。
    そのころの景色はこんな感じではなかったか。

二階堂奥歯が観ていたのは、
広くて、ひたすら輝かしかった世界。
それに対して、彼はこんなふうに書いている。

    そうかもしれない。
    でもわたしの見たであろう空の色は、世界の姿は、彼女がそのように感じたような、
    テリ・ワイフェンバックの写真のような鮮明で、くっきりと縁取られたものではなかっただろう。



広くて、ひたすら輝いていたであろう世界を、
二階堂奥歯だって、記憶しているわけではなくて、
そのころの景色はこんな感じではなかったか、って疑問を呈している。

その頃見ていた景色が、狭くなくて、曇ってもいなかったと思われる理由は、
「分節」、つまり、世界が切り分けられていなかったからである。
まだ、分節化について、社会からの強制を受けていなかったからである。

なぜ、分節が始まったばかりの世界で、
彼が、鮮明で、くっきりと縁取られたものではない世界を生成するのか。
彼には、二階堂奥歯の文章の意味が、理解できていないと思われる。



    

    Excuse me too busy you're writing your tragedy
    These mishaps you bubble-wrap, When you've no idea what you're like

    ―― Let Go/Emily Hearn
    ―― Imogen Heap、Guy Sigsworth 作詞作曲、2002、Island Records



彼は、最後に、2枚の画像を掲げている。
ワイングラスと、木箱に収められた3本のワイン、
この画像に注目したい。



8月7日、タイトルは、「ア・デッド・フォレスト・インデックス - たまにはロック」、
https://pobohpeculi.blogspot.com/2019/08/blog-post_10.html
彼の、画像の選択について、参考になる記述がある。

    わたしは視覚的要素で人を判断するところがあるようだ。
    悪意に取れば、「言葉」はいかようにも操作できる。
    それに引き換え、その人自身の描いた画や、

    彼や彼女が選んだ画は選んだ人の感性を、センスを、
    もっと直接的に伝えてくれる。
    言葉のように繕いようがなくその人が透けて見えてしまう。



なるほど、彼が選んだワインの画像は、選んだ彼の感性を、
センスを、直接的に伝えるから注目に値する。
僕なら、そんな画像を、そんな配置で掲載する人の美意識を疑ってしまう。

    インターットのメリットは、例えばオーファンなりドロローサなり、センスのいい人たちがどんな音楽を聴き、
    どんな映画を好み、どんな本を愛読しているかを知ることができること。
    そういう「覗き見」は昔から大好き。

センスのいい人たちの好みをそのままパクれば、
センスのいい自分になれたような気がしてくるのかもしれないが、
自分が選んで並べた画像には、残念ながら、虚飾がない。

繕いようがなくその人が透けて見えてしまうから。



テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2019年08月09日 00:02 |
  2. 馬鹿
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック URL
http://qinggengcai.blog2.fc2.com/tb.php/1956-00d42272
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)