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tetsugaku poet

qinggengcai

僕の毎日は、事実に基づいたフィクションであり、 18/xx


>僕たちは、他人の視座で、他人の感動をトレースして、
>他人の気づきをコピーして、
>テンプレに沿って価値観を変えてみたりするけれど、
>もしも、それを共感と呼ぶのなら、
>なるほど、世の中は、共感にあふれている。

旅行の感想が、ガイドブックの丸写しになることを、
僕たちは、共感なんて呼んでいる。
自分のフィクション=物語を介在させないのなら、
それは、自分の旅にはならないと思われるが、
では、誰の旅を、旅しているのだろう。

所有格がないような旅行でも、
誰にも、間違いとはされないけれど、
でも、共感されやすいことに共感が得られても、
僕なら、それを、共感とは呼ばない。
逆に、共感されにくいことに共感が得られることを、

共感と呼ばないで何と呼ぶ。



    190518a.jpg

もう一度、繰り返してみる。
>考えるな、感じろ、なんてフレーズがあるけれど、
>多くの本は、感動するように仕向けて、
>考えないままに、価値観を変えたりして、
>感じるままに、感性が豊かになれたりするのだろう。

>ジル・ドゥルーズっぽく言うと、
>何を目指しているのか、
>ってのは問題ではなくて、
>それは、旅行の目的地みたいなもので、
>それがなければ旅行にはならないけれど、

>でも、それはたいしたことではない。
>行き先に着くことが旅ではない。
>その旅の途中で、何を考え、
>どのようにふるまい、 誰と出会って、
>何を得たのか、それが旅行だ。

たぶん、ぶれていない。



    

    あたしは君のメロディやその哲学や言葉全てを
    守る為なら少し位する苦労もいとわないのです

    ―― 幸福論/椎名林檎
    ―― 椎名林檎 作詞作曲、1998、東芝EMI



私はあなたの意見には反対だ、
だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る、
って、ヴォルテールが言ったとか、言わないとか。
命懸け、ってのは、何とも嘘くさいから、
少しくらいする苦労もいとわない、それくらいでいい。

僕も、少しくらいする苦労ならいとわない。



テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2019年05月20日 00:02 |
  2. 物語論
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