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tetsugaku poet

qinggengcai

現実を生きることは、目的を生きることである、なんてことはない


僕たちは、のっけから意味を探そうとする。
例えば、「現実」とか、「愛」とか、「幸せ」とか、「善」とか、「自分」とか、
それらの持つ意味を、闇雲に探し始める。

しかし、何が「現実」か、何が「愛」か、何が「幸せ」か、
何が「善」か、何が「自分」か、なんてのは、
「現実」や、「愛」や、「幸せ」や、「善」や、「自分」という概念を使って、

論理を展開した帰結として、何を求めているのか、
それによって答が異なってくる。
つまり、目的が先であり、意味は後づけだ。



    140821d.jpg



必要というのは、何らかの目的があるから必要になる。
必要とは、その目的の求めに応じた必要であり、
目的を外れた意味は、さしあたり必要ではない。

目的があるから、意味が決まってくる。
「現実」は単に、現に、実際に、って意味であり、
意味によって、目的が決められるわけではない。

本当の「自分」なんて言うけれど、
「自分」が嘘くさく思えるのは、本当に言いたいことが、
言葉にできず、「自分」に伝わっていないからである。

「自分」に目的を伝えていないからである。



    

    言葉にできず凍えたままで 人前ではやさしく生きていた
    しわよせで こんなふうに雑に 雨の夜にきみを抱きしめてた

    ―― Rain/秦基博
    ―― 大江千里 作詞作曲、1988、2017、EPIC/SONY、Universal Music Japan



テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2019年04月16日 00:13 |
  2. 馬鹿
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

コメント

ニーチェみたいに「これが、人生だったのか、よしもう一度!」と言える人は稀ですね。
ニーチェは、人生の意味に気づいたけど、それには、ツァラトゥストラがたどったような深い道が必要だった。
愛とか、現実とか、本当の自己とか、曖昧模糊として、何を言っているのか、それだけでは全く分からない言葉ですよね〜〜。
分かるには、深い経験が必要かと。
軽々しく、口にしない方がいい、スピみたいになる。宇宙の愛とか。
ときに、青梗菜さん、大江千里をよくひきますね〜。
僕は、NHKのトップランナーで、益子直美さんと司会していたあの眼鏡、という印象が強いな。
  1. 2019/04/16(火) 17:33:04 |
  2. URL |
  3. oki #-
  4. [ 編集 ]

okiさん、こんにちは。

>ニーチェみたいに「これが、人生だったのか、よしもう一度!」と言える人は稀ですね。
ニーチェの永劫回帰は、自分が生きてきた人生を、そっくりそのままリピートする。
リピートが無限に続き、うれしいことも悲しいことも、百万回も千万回も繰り返す。
それって、無間地獄ですやんw。
それでもいい、って言える人は稀ですわ。

>愛とか、現実とか、本当の自己とか、曖昧模糊として、何を言っているのか、それだけでは全く分からない言葉ですよね〜〜。
>分かるには、深い経験が必要かと。
それがね、なぜか、分かった自分は深いんだ、って反転するのよw。
対して、分からない僕なんかは浅いやつ、ってなる。

>軽々しく、口にしない方がいい、スピみたいになる。宇宙の愛とか。
宇宙の愛が分からない僕なんかは霊性が低い、ってなる。

>ときに、青梗菜さん、大江千里をよくひきますね〜。
大江千里は、2008年、47歳のときに、
ポップスのキャリアを捨てて、
ジャズを学ぶためブルックリンへと渡った。
行った先で、20歳の学生たちにぼこぼこにされるけど。
それでも、大江千里は、旅に出る。
かっこよすぎる♪
  1. 2019/04/16(火) 20:27:39 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #De6CjWPI
  4. [ 編集 ]

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