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漫画を読むと馬鹿になる、らしい 12/12


>漫画を読むと馬鹿になる。
>そのよく言われる理由は、
>想像力が働かないから。
        >想像力が働かない理由は、
        >想像力でかたち作るよりも先に、
        >絵を見て、即物的な受容に陥るから。

>即物的なのは、何も考えないままに、
>プロットに運ばれるに任せて、
>頭の中に意味が流れ込んでくるから。
        >意味が、仮想現実の後を追いかけて、
        >しかし、情報の整理が追いつかず、
        >解釈されないままの意味になるから。

では、その論理を展開すると、
映画を観れば、漫画よりも馬鹿になり、
現実を生きれば、映画よりも馬鹿になる。
        現実から遠いメディアのほうが、
        想像力を要して、頭を使うというのなら、
        現実を生きることは、最も頭を使わない。



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活字だけの本は、奇妙なメディアだ。
活字だけで絵を浮かび上がらせ、
読み手を仮想現実に連れて行く。
        本は、文字だけで仮想現実を想い起こさせるが、
        では、逆に、仮想現実の側からしてみれば、
        仮想現実は文字に戻せる、ってことだ。

ところで、本を読む、ってことは、
文字を読む、ってことだが、
僕たちは文字を読んでいるわけではない。
        文字から、意味を読み解かなければ、
        文字は、ただの文字列、ただのインクの飛沫である。
        撒き散らした砂粒と変わらない。

僕たちは、意味を読み込んで仮想現実を作るが、
では、逆に、仮想現実は、
意味から成り立っていることになる。
        意味は、目には見えない。
        僕たちは、目に見えないものから、
        目に見える世界を作り上げている。

目に見える世界からしてみれば、
目に見える世界は ―― 僕たちのこの現実を含めて、
目に見えない意味に戻せる、ってことだ。
        「ものごとはね、心で見なくてはよく見えない。
        いちばんたいせつなことは、目に見えない」
        ―― 星の王子さま/サン=テグジュペリ

たくさんの言葉を知り、
たくさんの表現を持つ人は、
ものごとの大切なことがよく観えている。
        他方で、この世界で経験したことは、
        言葉で表現しなければ、
        まだ経験として観えてこない。

経験ということは、
たしかに人間には必要だと思うのですが、
どんなに経験しても、
        人間というものはその経験を想像力のなかで造形できなかったら
        経験にならないわけです。
        ―― 反劇的人間/安部公房

本を読む、ってことは、
言葉に直接にアクセスする、ってことであり、
世界を豊かにする可能性を広げてくれる。
        世界を細かく切り分けて、
        再び、濃密にまとめ上げる。
        さしあたり、本を読んだほうが有利だが、それは、

        漫画を読むと馬鹿になる、なんてもの言いとは、
        また別のことがらである。



        ―― 星の王子さま/サン=テグジュペリ 著
        ―― 河野万里子 訳、2006、新潮文庫
        ―― 反劇的人間/安部公房 著、1979、中公文庫



    190319b.jpg

    現実を生きることは、想像を要しない。
    通天閣は、想像を超えて低いんだ。



テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2019年03月23日 00:04 |
  2. 馬鹿
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