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できないことは、美しき哉 3/5


僕たちは、日々、様々な経験をするけれど、
身につかないことは憶えていられなくて、
身についたことを記憶に留める。
記憶しているということが、
身についたということであり、
身についたことを経験と呼ぶ。

僕たちは、様々な経験の中から、
身についたことだけを取り上げて、
経験を再定義することができる。
経験したから身についたのではない。
すべての経験が身につくわけではない。
身についたのは、思考を巡らせたからである。

        経験ということは、
        たしかに人間には必要だと思うのですが、
        どんなに経験しても、
        人間というものはその経験を想像力のなかで造形できなかったら
        経験にならないわけです。
        ―― 「反劇的人間」/安部公房 著、1979、中公文庫

どんな経験をしても、まだ言葉が与えられていないうちは、
経験を身につけることができない。
だから、経験にとって最も邪魔になるのは、
考えないことである。
考えた形跡がないということは、自らの経験に基づいて、
語れていないということだ。

僕たちは、日々、様々な経験をするけれど、
それで、また、何も経験しなかった日々になる。



    

    すばらしい日々だ 力あふれ すべてを捨てて僕は生きてる
    君は僕を忘れるから その頃にはすぐに君に会いに行ける

    ―― すばらしい日々/ユニコーン
    ―― 奥田民生 作詞作曲、1993、Sony Records



テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2019年02月23日 20:04 |
  2. 馬鹿
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