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遅れて来た者たち 2/3


>種村さん、見ないでよかったよ。
種村さんが見ないでよかったのか、
種村さん、って呼びかけて、
見ることがなかった種村さんを、
松山巖が羨んでいるのか、
読み手は、自分が読みたいように読むけれど、

いずれにしても、昔はよかった、ってことだ。
駄菓子屋があって、子供たちが遊んでいた。
不思議なもの、いかがわしいもの、
弱いもの、小さいものがすぐに見つかって、
街に共存することが許されていた。
それに引き替え、現在は。

なに事も、古き世のみぞしたはしき。
今様は無下にいやしくこそなりゆくめれ。
文(ふみ)の詞(ことば)などぞ、
昔の反古(ほうご)どもはいみじき。
ただ言ふ言葉も口をしうこそなりもとゆくなれ。
―― 徒然草、第二十二段

何ごとも、昔はよかった。
現在は、むやみに下品になっていく。
手紙の言葉なども、
昔の手紙は立派だった。
ふだんの話し言葉も、
失望を感じるようになっていく。

って、吉田兼好が、
鎌倉時代に書いているのは、
種村さんなら、当然、知っていただろう。



    

    “昔は良かったね”といつも口にしながら
    生きて行くのは本当に嫌だから

    ―― どんなときも。/槇原敬之
    ―― 槇原敬之 作詞作曲、1991、WEA MUSIC



テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2019年01月29日 00:37 |
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