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趣味はブログ 12/14 ―― マルクス・ガブリエルが語る 欲望の哲学史 序章


    ここまでが、昨年12月27日の、
    「マルクス・ガブリエルが語る 欲望の哲学史 序章」の、
    ガブリエルの講義と、僕の余計な解説。
    以下は、僕の余計な感想と、さらに余計なその解説。

    余計だとは思うけれど、
    講義は、そのままではよく分からない。
    よく分からないのに、分かったふりはしない。
    自分をごまかさないために、自分で補ってみたが、

    でも、ガブリエルが端折った行間に、
    言葉を投げ入れることができる者なら、
    ガブリエルが言いたいことなど、
    すでに分かっていなければならない矛盾がある。



>って話が、理解されるためには、
>世界観がなければならない。
    ある世界観を否定するためには、
    それに代わる世界観がなければならない。

    ある世界観と、それに代わる世界観の、
    両方がなければならない。



    

    静寂を破る独逸車と巡回車(パトカー)
    警報(サイレン)… 爆音… 現実界 或る浮遊

    ―― 罪と罰/椎名林檎
    ―― 椎名林檎 作詞作曲、2000、東芝EMI



    今、ガブリエルが講義をしている教室に、
    遅れて入って来た者なら、
    何も手に持っていないガブリエルを観るだろう。
    話題が変わり、彼はもう「ノート」を手にしていない。

    彼は何も持っていないし、
    そして、遅れて来た者は、
    彼の手を観て、「ノート」がない、
    なんてことは言い出さない。

>世界と呼べるような全体はない、
>というためには、
>世界と呼べるような全体を、
>作り上げなければならない。

    つまり、「ノート」がない、
    というためには、まず、
    彼が手に持っていた、
    「ノート」を観ていなければならない。

>つまり、世界の存在と不存在は、
>矛盾しているわけではない。
    「ノート」の存在と不存在は、
    矛盾しているわけではない。

>二項対立させてみても、
>二律背反になるわけではない。
    ある、とか、ない、とか、
    対立させてみても、

    ない、ためには、あらかじめ、または、同時に、
    ある、でなきゃならないんだ。


    190122.jpg



テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2019年01月24日 19:04 |
  2. 自分らしさ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

コメント

青梗菜さん、こんばんは!!^^

>>って話が、理解されるためには、
>世界観がなければならない。
>    ある世界観を否定するためには、
>    それに代わる世界観がなければならない。

>    ある世界観と、それに代わる世界観の、
>    両方がなければならない
「どちらとも言えない。」(cf.沖縄県民投票?)と言ってから、否定することはできますか?私は出来る気がしました。m(__;m
  1. 2019/01/25(金) 23:22:13 |
  2. URL |
  3. くわがたお #-
  4. [ 編集 ]

がたおさん、こんにちは。

>「どちらとも言えない。」(cf.沖縄県民投票?)と言ってから、否定することはできますか?私は出来る気がしました。
「どちらとも言えない」と「どちらとも言える」の、
違いはないのかあるのか、なんて、考えてしまいます。
  1. 2019/01/26(土) 09:39:35 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #De6CjWPI
  4. [ 編集 ]

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