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趣味はブログ 11/14 ―― マルクス・ガブリエルが語る 欲望の哲学史 序章


>あるいはスケールによって
>答えは違ってくるでしょう
    例えば、ガブリエルが持っている「もの」は、
    数えきれないほどの炭素です、

    なんて答える者はいないと思うけれど、
    言いたいことは分かる。
    自分のスケールを変えられない者はいる。
    自分の文脈でしか話せない者はいる。

>たとえば量子的な小さいスケールでは
>ペンにさえ見えないでしょう
    ペンの全体を見渡せない者はいないと思うけれど、
    言いたいことは分かる。

>つまり客観的な「全体」など
>存在しないのです
    ゆえに、「全体」というときには、
    主観的な、という枕詞がつく。

    ペンを小さな「全体」として、
    「全体」とは、主観のことだ。
    または、「全体」というときには、
    ふつうは、という枕詞がつく。

    または、人にとっての、という枕詞がつく。
    あるいは、言葉による、という枕詞でもいい。
    ペンを小さな「全体」とした時点で、
    すでに、主観的な、ふつうの、人の言葉である。

>もし「全体性」というものが
>どこにもないのであれば…
>3,000年前のアリストテレスに始まる
>思想も 受け入れるわけにはいきません

    どこにもない、って断定されても困る。
    全体性は、うまくは語れないけれど、
    アリストテレスに遅れて来た僕たちの、
    所与として、確かにある。

    でないと、ガブリエルには、
    否定する対象がないことになり、
    僕たちには、ガブリエルが、
    何を否定したがっているのかが分からない。

    「全体性」と呼ばれるものを、
    一度は、両手に抱え込んだ僕たちが、
    それがどんなに受け容れ難いことだったとしても、
    手放すことなどできるのだろうか。

    ノートは1冊だった、というためには、
    2冊のノートが必要である。



    

    どうして 歴史の上に言葉が生まれたのか
    太陽 酸素 海 風 もう充分だった筈でしょう

    ―― 本能/椎名林檎
    ―― 椎名林檎 作詞作曲、1999、東芝EMI



テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2019年01月22日 20:21 |
  2. 自分らしさ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

コメント

青梗菜さん、おはようございます!!^^

>    ―― マルクス・ガブリエルが語る 欲望の哲学史 序章
>    ―― Eテレ、2018/12/27
は、

>    3,000年前のアリストテレスに始まる
>    思想も 受け入れるわけにはいきません
と、ガブリエルが言ったところで、エンドクレジット?が流れたのですか?m(__;m


  1. 2019/01/23(水) 10:40:39 |
  2. URL |
  3. くわがたお #-
  4. [ 編集 ]

がたおさん、こんにちは。

>と、ガブリエルが言ったところで、エンドクレジット?が流れたのですか?
忘れた♪
かっこいい映像が入ったかも。

大坂なおみ、すげぇ♪
  1. 2019/01/24(木) 19:02:20 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #De6CjWPI
  4. [ 編集 ]

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