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人が生きる理由は何か (`ω´)キリッ ―― 宗教の誕生 12/12


生まれる前の自分を思うのは、
いったい、どんな矛盾なのだろう。
まだ、思う自分がいないのに。
そして、死んだ後の自分を思うのも。
まだ、思う自分がいるなんて。

人が生きる理由を、
生まれてから死ぬまでの、
生の外側に据える矛盾、
始まりも終わりも知らない世界に、
始点と終点を据える矛盾、

それが宗教だと思っている。
きっと、言葉だけがあるのだろう。


いらない、いらない。
人が生きるのに理由なんかいらない。
それとも、理由がなければ、
恋ができないのか、
食べないのか、眠らないのか。

理由がなければできないのなら、
やめろ、やめろ、しなくてもいい。
男なんかやめちまえ、
女なんかやめちまえ、
人なんかやめちまえ。

理由がなければ、
学ばないのか、
働かないのか、
遊ばないのか、
考えないのか。

意味がなければ、
笑わないのか、
泣かないのか、
怒らないのか、
悲しまないのか。

価値がなければ、
がんばれないのか、
感じ取れないのか、
優しくなれないのか。
だったら、ぜんぶやめちまえ。

できる理由なんかない。
理由は、できない者のためにある。


人の生涯は草のよう。
野の花のように咲く。
風がその上に吹けば、消えうせ、
生えていた所を知る者もなくなる。
―― 詩編、103

余計なお世話だ。
人と人との間では、理由も意味も価値も、
何もなくても笑い合える。
泣き合える、怒り合える、悲しみ合える。
だから、人は誰かを必要とする。



    

    うおおお、おっほお

    ―― MR.LONELY/玉置浩二
    ―― 作詞、作曲、玉置浩二、1997、Sony Records



神だって、その誰かのうちの、
一人に過ぎない。



―― 新共同訳聖書
―― 1987、日本聖書協会



テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2018年02月26日 22:23 |
  2. | トラックバック:0
  3. | コメント:2

コメント

青梗菜さん、こんばんは!!^^

>人なんかやめちまえ。
暴言じゃね?

ところで、大昔から気になっていたのですが(「氷点」三浦綾子著は読んでないはずだけど)、私とバディのうちどちらかが死ななければならなくなった時、キリスト教では私が自己犠牲になるのがよいと言っているという認識です。そのときにならないとわかんないし、とか近頃は思います。どうすればいいですか?m(__;m
  1. 2018/02/28(水) 01:02:00 |
  2. URL |
  3. くわがたお #-
  4. [ 編集 ]

がたおさん、こんにちは。

>暴言じゃね?
うん、そうかも。
勢い、ってやつです。

>大昔から気になっていたのですが
鎌倉、室町あたりですか?
ジュラ紀、白亜紀くらいですか?

>「氷点」三浦綾子著は読んでないはずだけど
「笑点」は日曜の夕方ですが、
「氷点」はいつですか?

>私とバディのうちどちらかが死ななければならなくなった時、
バディさんは、存じ上げないのですが、
外国の方ですか?
男かな、女かな。
バディさんによろしくお伝えください。
  1. 2018/03/01(木) 10:24:49 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #De6CjWPI
  4. [ 編集 ]

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