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夢に胡蝶と為る 1/x


夢為胡蝶 ―― 夢に胡蝶(こちょう)と為(な)る


昔者、莊周夢為蝴蝶。
栩栩然蝴蝶也。
自喩適志與。
不知周也。
俄而覺、則蘧蘧然周也。
不知、周之夢為蝴蝶與、蝴蝶之夢為周與。
周與蝴蝶、則必有分矣。
此之謂物化。
―― 莊子/内篇、齊物論第二


昔者(むかし)、荘周(そうしゅう)夢に胡蝶(こちょう)と為(な)る。
栩栩然(くくぜん)として胡蝶なり。
自(みずか)ら喩(たの)しみて志(こころざし)に適(かな)へるかな。
周たるを知らざるなり。
俄(にわか)にして覚むれば、則ち遽遽然(きょきょぜん)として周なり。
知らず、周の夢に胡蝶と為れるか、胡蝶の夢に周と為れるかを。
周と胡蝶と、則ち必ず分(ぶん)有らん。
此(こ)れを之(これ)物化(ぶっか)と謂(い)ふ。


昔、私(荘周)は夢の中で蝶になった。
それはひらひらと飛んでいる蝶であった。
自身楽しい気分で、自分の気持ちにぴったり合い、
蝶になりきっていた。
(蝶である自分は人間の)周であることに気付かなかった。
やがてふと目覚めてみると、
自分はなんと驚いた様子の周である。
そこで、人間である周が夢の中で蝶になっていたのか、
蝶が夢の中で周になっているのかがわからなくなってしまった。
(世の常識では、)私(周)と蝶とには必ず区別があるはずである。
このような状態のことを物化(物事の変化)というのである。



        5月に「忘筌(ぼうせん)」で、
        でたらめを書いたけれど。
        得意而忘言と、得魚而忘筌と、色即是空 ―― 1/x

        荘子といえば、「夢為胡蝶」が定番で、
        揺るぎない鉄板の正解があって、
        それは「忘筌」の比ではない。

        僕の半端な思いつきなど、
        愚の骨頂、馬鹿の極み、
        間違いになるに決まっている。

        必ず、間違いなく。



―― 論語・韓非子で学ぶ入試漢文/高橋浩樹 著、
―― 2009、学習研究社



テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2017年10月15日 18:03 |
  2. 荘子
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