tetsugaku poet

qinggengcai

哲学は、黙る


僕たちが理解している世界など、
幻想にすぎない。
真実の世界は別にある。

その通りだと思う。
僕だって、そう思っている。
僕の世界は、僕の誤謬の投影である。

僕は、そこで、黙る。
真実の世界があったとして、
そんなものは、僕には語れない。

誰かが真実の世界を語るのなら、
真実で語られたその世界も、
誰かの誤謬の投影に過ぎない。


科学は、世界の解釈の一例で、
世界の解釈は、いくつもある。
僕だって、そう思っている。

僕は、そこで、黙る。
正当な解釈があったとして、
そんなものは、僕には語れない。

誰かが、正当な解釈をするのなら、
正当に解釈されたその世界も、
世界の解釈の一例に過ぎない。


僕は、何も言わないから、
真実の世界や、正当な解釈を語ればいい。
哲学が黙り込む地点から、

スピは急におしゃべりになる。



    161002.jpg



テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2017年06月20日 23:03 |
  2. 反スピ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

コメント

当たり前に、科学も、現時点の「仮説」ですから、当然、「真実」は変わる。
哲学なんか、また、カントを出すと、物自体の世界が現象界と、どう関わるか、困ったカントは、「自己触発」だの、果ては、「二重触発」だの、無理な議論をしなければならなかった訳で、すると、カントの物自体の世界の論に無理がある。
重要なのは、今の説は、あくまで「仮説」で、反証される可能性を常に秘めていると認識することかなぁ。
  1. 2017/06/21(水) 02:43:23 |
  2. URL |
  3. oki #-
  4. [ 編集 ]

okiさん、こんにちは。

物自体の世界は、認識できないのに、
認識できない世界を語らなきゃならない。
それは、スピだわw。
生まれてから、死ぬまでの、生の外側を、
生きている僕たちが語る、
あるいは、死んだような世界を、
生きている僕たちが語る、
そんなのは、スピの領分ではないかな。

>重要なのは、今の説は、あくまで「仮説」で、反証される可能性を常に秘めていると認識することかなぁ。
スピは、そこに拠って立つよね。
  1. 2017/06/22(木) 10:08:50 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #De6CjWPI
  4. [ 編集 ]

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