馬鹿の世界の点景になりたい。

qinggengcai

哲学は、吐く


        世の中には、
        矛盾と不合理があふれている。
この世界は、きっと、
本当の世界ではない。
        スピも、哲学も、
        どちらも、そう思っている。

スピは、現実を軽視する。
現実は、虚構の世界だから。
        例えば、高次の世界や、
        霊性の世界を作って、
それを本当の世界にする。
現実の世界を語らない。

        高次の世界は、
        科学では解明できないし、
僕ごときには、
認識できないらしい。
        いやな現実を嘘にして、
        気分がいい本当を提供する。

スピは、気分がいい。
スピは論証不能な信仰だから、
        合理性はいらない。
        スピは、考えなくてもいい。


        哲学も、現実に立ち止まり、
        動けなくなって、しかし、
高い次元にも、霊にも、
どこにも行けない。
        立ち尽くしたまま、
        途方に暮れている。

矛盾と不合理があふれている、
そんな世の中で合理を通すことは、
        どうしようもなく困難で、
        気分がいいことではない。
やがて、哲学は、掘り下がり、
自らの合理さえも疑い始める。

        合理的であることを、
        僕が、正しいと考えること、
それ自体は、必ずしも、
合理的とはいえない。
        僕の合理性への無反省な帰依、
        それはひとつの信仰である。

哲学は、気分が悪い。
吐き気が止まらない。
        合理性を壊すときにも、
        合理性は、合理性を求める。

        考えずにはいられない。



    150105a.jpg



テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2017年06月10日 19:43 |
  2. 反スピ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:14

コメント

スピだけじゃなく、本物の信仰者も、哲学者も騙されていた。
神がいる世界に悪が存在するわけない。
リスボン大地震が、ライプニッツの時代におこったけど、神様が、世の中をおかしくするわけないと、苦し紛れに「神の摂理」だと。
ごく一時的に破壊が訪れるけど、高い世界に行くための〜なんか誰かが言っているような。
じゃ、神様がいなかったらどう?
東日本大震災を目の前に、ローマ法皇も「私にも分からない」と言われた。
卑しくも、ローマ法皇も、神の不在、ブーバー的には、「神の蝕」を感じておられるのかと。
神なしでどう生きるか?これは、我々の問題より、宗教者の問題かもしれないが。
  1. 2017/06/10(土) 21:37:56 |
  2. URL |
  3. oki #-
  4. [ 編集 ]

okiさん、こんにちは。

お~、まじめな話だw。

>リスボン大地震が、ライプニッツの時代におこったけど、神様が、世の中をおかしくするわけないと、苦し紛れに「神の摂理」だと。
大地震にも揺るがない正しさがあった時代ですね。
今は、正しさを長期的に安定させることが、
できなくなった時代です。

>神なしでどう生きるか?これは、我々の問題より、宗教者の問題かもしれないが。
スピを見習うのがいいと思いますw。
スピは、論証を放棄しますから、
苦し紛れの言い訳もいりません。
つまり、正しさはいりません。
終末論、グノーシス、東洋思想など、
異質な思想を巧く取り込んで、
正しさを抜きにして、長期的に安定させる。
スピは、原理のない原理です。
  1. 2017/06/10(土) 22:26:06 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #De6CjWPI
  4. [ 編集 ]

青梗菜さん、こんばんは!!^^

>        哲学も、現実に立ち止まり、
>        動けなくなって、しかし、
>高い次元にも、霊にも、
>どこにも行けない。
>        立ち尽くしたまま、
>        途方に暮れている。
途方に暮れ続けて死ぬのかも、なんて思ったりしました。


>矛盾と不合理があふれている、
>そんな世の中で合理を通すことは、
>        どうしようもなく困難で、
>        気分がいいことではない。
>やがて、哲学は、掘り下がり、
>自らの合理さえも疑い始める。
疑わないと進まない?かもなんて、、私?からは以上です。m(__;m
  1. 2017/06/11(日) 01:29:09 |
  2. URL |
  3. くわがたお #-
  4. [ 編集 ]

青梗菜さんのいろんな記事を読んでいると、
しばしば大滝さんの「スピーチ・バルーン」が脳内に流れる。
恐らくミニの姿が、
「くらい海に向かって ヘッドライトのパッシング」を想起させるのだろう。

白抜きの言葉 声にならない飛行船
 
伝えたいことはなかなかうまく形をとらないし、
形をとりそうに思えた時には、

もう遠すぎて何も映らない。

ああっ、想い出のブラスバンドが、アンパンマンのマーチを奏でとるぞ~。
せっかくうまくまとめた気がしたのに。。。





  1. 2017/06/11(日) 07:40:43 |
  2. URL |
  3. 海底まきがい #-
  4. [ 編集 ]

がたおさん、こんにちは。

>途方に暮れ続けて死ぬのかも、なんて思ったりしました。
昔の作家みたいだな。

>疑わないと進まない?かもなんて、、
疑うことで、推進力を得る、
かっこいいなぁ。
僕もそんなでありたい♪

>私?からは以上です。m(__;
いるのか?それ。
  1. 2017/06/11(日) 17:58:09 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #De6CjWPI
  4. [ 編集 ]

まきがいさん、こんにちは。

>青梗菜さんのいろんな記事を読んでいると、
>しばしば大滝さんの「スピーチ・バルーン」が脳内に流れる。
歌い出しのベースが、1音ずつ下がって行く。
バロック音楽みたいだ。

>白抜きの言葉 声にならない飛行船
上手いよね~♪

アンパンマンのマーチは、
あれはあれで、すごいぞ。
    時は早く過ぎる
    光る星は消える
    だから君は行くんだ
    微笑んで
なにがすごいって、
だけど、ではなく、
だから、でつなぐのがすごい。
順接で結んだことで、いきなり底が深くなる。

諸行無常、だから、微笑む。
  1. 2017/06/11(日) 18:07:38 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #De6CjWPI
  4. [ 編集 ]

哲学は、神抜きで言えば、根拠がない。「無根拠」に行き着くから途方にくれる。
人が死んで、何処に行くかわからない?
宇宙がなぜ存在するのかわからない?
私は何故存在するのかわからない?

誰か教えて、って、簡単に答えを示されると、その根拠をまたとうから、哲学は、いつ迄たっても、満足出来ない。
ああ、哀しい学問、いつ迄も問い続ける、終わりがない。
  1. 2017/06/12(月) 07:22:03 |
  2. URL |
  3. oki #-
  4. [ 編集 ]

okiさん、こんにちは。

>人が死んで、何処に行くかわからない?
>宇宙がなぜ存在するのかわからない?
>私は何故存在するのかわからない?
スピに聞けば、ぜんぶ答えてくれるよ。

哲学は、よく解らないことに解ったふりをしない。
哲学は、自分でするものだから、
自分をごまかせば、そこで終わりです。
解ったふりをすれば、
もう、問わずに済むのになぁ♪
  1. 2017/06/12(月) 10:00:43 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #De6CjWPI
  4. [ 編集 ]

面白いな。
カントが「判断力批判」で示した、思考の三原則。
1,自分自信で考える
2,相手の立場になって考える
3,首尾一貫して考える

これ貫くの難しい。相手を尊重して、良いところは採用して、けど、追随しないでってことだけど、哲学って厳しい。
  1. 2017/06/12(月) 17:17:32 |
  2. URL |
  3. oki #-
  4. [ 編集 ]

okiさん、こんにちは。

ありがと~、カント、
って思うよ。
自分でやれ、って言ってる。
哲学は、学ぶものではなくて、
するものだ。

哲学することは、
理性を訓練して、自分自身で使用することによってしか、
学ぶことができない。―― 論理学/カント
青梗菜ごときに、できる気はしないけど、
それでも、他人を説得しながら、
ブレずにやるしかないよな。
身の周り5メートルの、
普段使いの、カジュアルで。

哲学は、立派なことをいうと、
知・情・意と、真・善・美。
カントっぽくいえば、
知性としての「純粋理性」、
感情としての「判断力」、
意志としての「実践理性」が対応する。
スピは何を目指しているのかな。
  1. 2017/06/12(月) 20:05:37 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #De6CjWPI
  4. [ 編集 ]

青梗菜さん、思った回答と違う。
2.を受け入れれば、スピの人達の言うことも、一応は聴かないといけない。
その上で反論する。しかし、そんな事していたら、キリがない事も事実。
カントの場合は、理性=神から与えられたもの、という意識があって、理性のクリティーク、つまり、批判に耐え得ないものは、「啓蒙」の対象になる。と考えていたようだけど、スピとどう対話し、啓蒙するか?
少なくとも、オウムのように、人殺しも、「真理」の為なら厭わない。という連中をどうするか。難しい。
放っておけば、人殺しを続ける。やめさせないと、と思うけど、関わりたくないですね〜。自分も被害者になるから〜。
  1. 2017/06/12(月) 21:35:24 |
  2. URL |
  3. oki #-
  4. [ 編集 ]

okiさん、こんにちは。

>スピとどう対話し、啓蒙するか?
スピは、論証を放棄しているから、
哲学の言うことを聞く習慣がないよね。
知性よりも直観が、
理論よりも感情が優位なの。
それでも、説得しなきゃ、になるのかな、
カント的には。

相手の立場になって考える、
言葉の厳格な意味では、
相手の立場なんかに立てないよなぁ。
嘘論文もそうだけど、
絶対と言ったら絶対で、
可能な限り、やれって言いそうな気がします、
カントは言い出したら聞かないもんw。
って、僕は、カントはよく知らないよっ。
okiさん、もったいぶらずに教えてくださいよw。
  1. 2017/06/12(月) 22:39:53 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #De6CjWPI
  4. [ 編集 ]

まいまいさんが言ってたように私も宇宙に謙虚を感じない。
これは自己確立のために外部に位格を与える人間意識の問題なのではないかと。私は宇宙を位格として捉える感覚を持たない…。
この感覚をあらゆるものに適用させると……
そら、吐き気だ(笑)

それとは、また別に
「『言葉』による思考」
それに焦点を絞れば
神学も哲学もスピも同じようなものに感じるな~。

言葉の脱落は本質の脱落。
あらゆるものを考えるとき、人が人の言葉でしか考えられないならば、本質はいつまでも付き纏い、スピの言葉は、宇宙の本質をスピの言葉で作る。それは本質であるが故に「正しい」のだと思えてしまう♪

スピに嵌まってる人の文章を読むと私の頭には『僭称増上慢』という言葉が浮かんでしまう。
『僭称増上慢』という言葉があり、それはその言葉を適用出来るものの本質であるが故に「正しい」ような気がしてしまう♪

何かを疑うためには、疑うための言葉が必要になり、哲学はそのためのタームを作ってきた。
そのタームの幾らかでも知っていれば『疑える』。
知らなければ疑えない。
つまり、語彙の乏しさが盲信を産む。『言葉』を奪われた人は、多くの『言葉』を保持するものに支配される。
人は『言葉』から逃げられないな~(笑)
  1. 2017/06/13(火) 03:39:31 |
  2. URL |
  3. 小奈鳩ユウイ #0TSJikig
  4. [ 編集 ]

ユウさん、こんにちは。

>そら、吐き気だ(笑)
ふふふw、めまいも併発ねっ。
宇宙に対して謙虚になるのは、
人間の傲慢なのよ。
逆説的だけど。

>「『言葉』による思考」
>それに焦点を絞れば
>神学も哲学もスピも同じようなものに感じるな~。
うん、人にとって言葉がどういうものか、
そこに戻れば、みんな信仰です。
哲学は信仰ではないけれど、自らを信仰と知っている。
神学もスピも信仰なのに、自らを真理と呼ぶ。

>スピに嵌まってる人の文章を読むと私の頭には『僭称増上慢』という言葉が浮かんでしまう。
はははw、ぞうじょうまん!w
浮かばねぇよっ!
3つあったよね♪
思い出せないから、検索してくるよ。

俗衆(ぞくしゅう)と、道門(どうもん)と、僭称(せんしょう)な。
ある状況下では、人は謙虚さを忘れる。
そこにはパラメーターが引き渡されていて、
自動的に傲慢モードが作動する。

疑うよね、哲学は。
まっ先に自己や、哲学を疑う。
哲学が、ひとつの信仰だとしても、
哲学は、哲学を信じていない。
矛盾するけど。

哲学には、心理の力学が働かないかな。
自分は正しい、そう思ってしまうことが、
逆に、正しくない可能性を示唆する、
そんな反作用が働いて、
増上慢を回避する。
ってか、青梗菜が「増上慢」って言葉を知っている、
と見越しているのが、
ユウさん、ナイスっ。
  1. 2017/06/13(火) 14:05:57 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #De6CjWPI
  4. [ 編集 ]

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