馬鹿の世界の点景になりたい。

qinggengcai

加藤諦三、下重暁子、悪口は悪くない


A ―― 加藤諦三は、いつも誰かの、
A ―― 悪口ばかりを並べている。
B ―― 悪口を並べて、何が悪いか。
僕たちには、そんな、
変てこな会話が成り立つ。

        Aは、誰かの悪口を並べることを、
        良いとも悪いとも評価していないし、
        だから、加藤諦三を非難していない。
        Bは、悪口は悪いことだと先回りして、
        かえって、加藤諦三を非難している。

悪口を言うのは悪いこと、
僕たちは、抜きがたくそう思う。
でも、そこからは自由になろう。
批判的な意見を形成することは、
少しも悪いことではない。

        悪人の悪口は、並べてもいい。
        それは、誰が悪人であっても変わらない。
        たとえ、その悪人が、
        自分の親であっても同じこと。
        親の悪口だけが、悪くなる理由はない。

しかし、それで何かが変わったか。
そんなことでは、
何も解決しないことを、
加藤諦三と下重暁子は、
身をもって教えてくれる。

        僕には、それ以外に、
        彼らに学ぶことはない。



テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2017年04月18日 21:03 |
  2. 反加藤諦三
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:5

コメント

B級グルメなのかなw

あのさ,非難と批判を正確に使い分けないよね日本人は。
時として批難などと言うナゾな言葉もある。

それはどうしてなのかと言えば,自分が “體”のヌシとして どこの地に立って,どこを見つめて何を認識しようとしているのか,その前提が,意識されずに会話が成り立つ幼兒的な言語習慣でしょうね


でも
たとえば,
スタンスと言う言葉に対応する日本語がない。「自分が立ってる位置や,物事に対するときの自分の姿勢」というよーなSVO的文章によってでしか「スタンス」をホンヤクできない。

前提,とはなにか,premise,とpre はちがうんだが日本語では厳密につかいわけられない

いかに不自由と言うか,幼稚な言語で語っているかですよ,モンダイはw

そういう日本語の土壌の中で,厳密なことを言えば,めんどくさい,難しいといわれる。

カッパブックスの時代はさ,ざっくりしていたのはターゲットが超細分化されてなかったからで,
あらゆる分野で結構深みあるw本だしてましたよね。入口として。

学校の勉強に満足できないけど世の中にどんな興味深いことがたくさんあるか,という。その好奇心を満たしてくれた

1入門書⇒専門書⇒研究者
もしくは
2入門書⇒カルチャー⇒異次元オタクになる
3入門書⇒べつの入門書⇒また別の入門書⇒物知りとして尊敬される

というコースをどれかを自分で選んだ。手順を踏んでいる読書習慣をみんな持ってて,
ひとから,言われて自己啓発されたい,なんてものが入るすきは,出版業と言う商売にはなかった

そもそもさー隙間産業ですよ,自己啓発なんて。
いまどきよく売れる本は,自分が何者でどこの地盤で,何が言いたくて何かを批判するか,と言うことが,明らかにされない本ばかり。

これが,「ヘンテコな会話」とわかってる人は,そもそもこんな本読まないのに,そこを読んでしまう青梗菜の変態性にすこぶる興味ありますねw

追;

てゆーかさー。
感情を片付ける,と言う言葉づかいができる人には
この人たちの本は,大ざっぱすぎてホントは何が書いてあるか,さっぱりわからん,わからんでしょう,それをくだらん,と言って「片付けない」。
視線が優しいですね。これを読んだ「みんな」が「考える」ことを一生懸命言葉にしようとする。いい人だなーwと思いますがね,
カピバラ(かわいこ)ぶってる,と言う気もしないでもないですがねw

だまされんぞ,わたしはw

追2
そもそもわたしはニホンジン(特定のだれか)の悪口ばっかり言ってるように思われるけど,日本語の悪口,を言ってる。
さらに,それを行使する主体がたまたま日本人だから日本人の問題となってしまう。たとえば,こんなあいまいな言語をしゃべってる人がほかの国にいるならともかく日本語=ニホンジン以外しゃべらないわけでw
言語の問題は大きいと思いますね,思考力。
  1. 2017/04/23(日) 16:09:17 |
  2. URL |
  3. 玄 #3E8HQ5Yc
  4. [ 編集 ]

玄さん、こんにちは。

>あのさ,非難と批判を正確に使い分けないよね日本人は。
批判するときには、必ず非難が混じってる気がする、ってことですね。
その通りです、っていう100%の同意以外は、
すべて、ケチをつけることになる。
何%かを損なわせることになる。
A説に対して、違うアプローチを提示したB説は、
なぜかA説の正しさを減らせるの。
増えも減りもしないはずなのに。
A説とB説は対立しないのに、
並んで立つことができないの。
原理主義者みたいに怒り始めるw。
原理もないし、立ち位置さえ決まってないくせにw。

>いかに不自由と言うか,幼稚な言語で語っているかですよ,モンダイはw
言葉がない、ってことは、この世界にはない、ってことですから、
ないってことも分からないのが厳しいけれど、
端的に形容できない何か、ってことにするしかないですね。
「鉛筆」という単語と、「筆記具」という単語があるときに、
それぞれの中に「手」という単語が含まれていて、
その割合は、「筆記具」のほうが高いと思います。
「右」という単語に含まれるのは、もちろん「左」ですが、
「まん中」ってのも紛れ込んでいる。
もしも、仮に、「手」とか「まん中」という単語がなかったとしても、
言い表せないそれがある。
書き手は、面倒で、もどかしいけれどそれを書き表して、
読み手は、手探りて、難しいけれどそれを読み取って、
「手」とか「まん中」を共有するしかないですね。

カッパブックス、って1冊もないよ~。
マスオさんとか、ノリスケさんとかが読んでそうだなぁ。
マスオさんは、女子社員に好かれる方法、
ノリスケさんは、麻雀必勝法。
光文社新書なら何冊もあるけど、
似たようなものでしょう。

>これが,「ヘンテコな会話」とわかってる人は,そもそもこんな本読まないのに,そこを読んでしまう青梗菜の変態性にすこぶる興味ありますねw
ふふふw。

>だまされんぞ,わたしはw
ははは!w

>たとえば,こんなあいまいな言語をしゃべってる人が
>ほかの国にいるならともかく日本語=ニホンジン以外しゃべらないわけでw
だから、日本語で言いたいことは、きっと言えないことが多くなりますね。
言えることなら、言いたいことになる前に、言えばいい。
言えることですから。
言えないことだから、言いたいの、ってなる。
がんばって言わなきゃ言えない、
がんばらなきゃ言えない、
そこは好きですよ、日本語。
  1. 2017/04/24(月) 11:22:42 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

誤 ―― 読み手は、手探りて、難しいけれどそれを読み取って、
正 ―― 読み手は、手探りで、難しいけれどそれを読み取って、

落ち着け、おれ。
  1. 2017/04/24(月) 14:55:46 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

B級グルメは心が寛いよ

言いたいの,と言うのが,またモヤモヤが纏いつく。

言いたいこと言う人はさ,「自己愛強いヒト」もしくは「こらえ性がない人」なんだよね。世の中的には。

物事の批判は,すべて何かしら性根の卑しさからでてるんです,みたいな。いけませんよ,と。

ところが言いたいこといっちゃう人からすればさ,言わない人の方が「自己愛強いね」という感が無きにしも非ずでね,

バカにされたくない,傷つきたくない,面倒はいや,と。
それだって自己愛から来てる。とおもうわけ

コトバは自己よりいずる,でさ,それをふまえないコトバは
「いいたいこと」を言う言葉ではなくなる。

かくして「黙れ」というコトバに正当性がでてくる。
「黙れ」,と「言え」,とでは「言えやコラ,」は一般的には,・・・・通常日本ではまず勝ち目ない。
そもそもあるものたたくのと,ないもの引っ張り出すのとじゃたたく方がカンタンだしね。

年年歳歳
「自己愛者」はかこまれていく様な気がする。自分の人格破綻を認めざるを得ない
wそうして疎外されたものは青梗菜みたいな寛さにつけこんでしまうよ。

日本でさ中國の寓話,説話のたぐいいろいろつたわって入ってるけど。「狂泉」だけはメジャーじゃない,という・・・・。

あ,「言いたいこと言う人」=加藤某や下重某ということじゃないからねw
  1. 2017/04/25(火) 05:17:31 |
  2. URL |
  3. 玄 #3E8HQ5Yc
  4. [ 編集 ]

玄さん、こんにちは。

>言いたいの,と言うのが,またモヤモヤが纏いつく。
玄さんには、もう説明は要らないのですけど、
どう言えば、この小さな違いが言い表せるのだろう。

僕は、僕と加藤諦三と下重暁子が反応した化合物をダメと言いたいのかも。
そして、ダメな理由のほとんどは僕にあるから、
僕は、何がダメなのかを言いたくなる。
それは、謙虚ぶってるのではなくて。
加藤諦三のダメさも、下重暁子のダメさも、
取り立てて言いたいことではないねんな。

>そもそもあるものたたくのと,ないもの引っ張り出すのとじゃたたく方がカンタンだしね。
じじいもばばあもダメだ、ええ加減にせ~、
ってのは、その通りだけど、
そんなことは誰にでも言えるし、
言いたいことにならない。
彼らは勝手にダメであり、
すでに出来上がったダメの完成品です。
僕と加藤諦三と下重暁子が合わさったダメさは、
僕が自分で組み立てなきゃ言えない。

>B級グルメは心が寛いよ
ふふふw、加藤諦三も下重暁子も、B級グルメなんだけど、
B級グルメについて何かを言うなら、
つらいなぁ、B級と知りながら食べなきゃなぁ♪
下品な味付けのジャンクフードを、
ジャンクと知りながら、とりあえず食べなきゃ。
それが高カロリーで低栄養の、
身体に悪い加工食品であっても、
吐き出さずに取り込まなきゃ。

>自分が “體”のヌシとして どこの地に立って,どこを見つめて何を認識しようとしているのか,その前提が,意識されずに会話が成り立つ幼兒的な言語習慣でしょうね
加藤諦三や下重暁子が、何を問題にしているのか、
ってことでいうと、
もしも、彼らが言いたいことを備えているのなら、
それは、彼らが自らの立ち位置と視点の先を、
それぞれに見出していることにほかならない。
そして、彼らの問題を、問題と理解できたときに、
読み手は、彼らと同じ思考構造を持ったことになる。
吐きたくなるのはそれから。
一度は消化してから。

まずいだけで、無害な食品は多い。
くだらないだけで、無害な言葉と同じくらいに多い。
まずいなら、くだらないなら、
せめて、有害であってほしいw。
加藤諦三や下重暁子は、
僕に害をなしたり、僕を壊したりしない。
加藤諦三や下重暁子も、
ダメなくせに吐き気が起きない。
だからダメなんだけど。

>コトバは自己よりいずる,でさ,それをふまえないコトバは
>「いいたいこと」を言う言葉ではなくなる。
自分の言葉、って頼りないよね~w。
戸惑い、迷って、でも言い切る。
そこには、必ず、ためらいながら言葉を選んで、
逡巡した形跡が刻まれます。
いつだって、心細くなる。
がんばらなきゃ言えない、
それが自分の言葉ではないかな。

狂泉、ですか~。
狂ったふりくらいすればいいのになぁ。
狂気で馬鹿をするのは楽しくないよ。
正気で馬鹿をするから楽しいのにw。
  1. 2017/04/25(火) 21:24:52 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック URL
http://qinggengcai.blog2.fc2.com/tb.php/1349-3f656d2d
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)