馬鹿の世界の点景になりたい。

qinggengcai

駄洒落仮説 ―― ニヒルとシニカル (`ω´)キリッ 5/6


駄洒落はおもしろいか、つまらないか、
そんなことを言い争っても、
たぶん、どうしようもない。
        何がおもしろいかの判断の基準は、
        世の中からは、とっくに失われている。
かつて、自明なものとして、
信じられてきた笑いのパターンは、
ことごとく破壊されている。
        世の中のすべてにおいて、
        絶対的におもしろいものはない。
正しい笑い、などというものはなく、
誰でも、いつでも、いつまでも、
笑い合える価値を保ち続けるものはない。
        おもしろさも、つまらなさも、
        一様に無価値であり、

        おもしろさ、とは虚無的
        ―― ニヒルである。

世の中には、本来、
おもしろさなどないのだが、
僕たちは、形式的な対立を作り出して、
        あえて対立させることで、
        おもしろさを決めて行く。
僕たちは、失われた価値を埋め合わせるために、
その対立を信じて、おもしろいとか、
つまらないとか、言い合っている。
        例えば、僕は、「笑点」を観ても、
        笑う気にはなれないけれど、
笑わないことが、
僕のおもしろさを決定づける。
失われた価値なら、肯定はできない。
        「笑点」を対立させて、否定することで、
        やっと立ち位置が定まってくる。

        おもしろさ、とは冷笑的
        ―― シニカルである。



テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2017年01月13日 22:34 |
  2. おもしろさ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

コメント

性格として、いつも笑っている人もいる。
不動産会社の若い担当は、何時もニコニコニコニコして、何が面白いのかと思うが、そういう性格だという。別に、駄洒落を言って、笑いを誘う訳ではない。
僕みたいにネクラな人間は、バカにされているのかと思うけど、そうではないらしい。
自然と笑いあえる関係って素晴らしいな。
その人の周りに行くと、こっちも明るくなるような。
駄洒落を言う人は、強いられた笑いだからダメ。自然な笑い、これが一番。
  1. 2017/01/13(金) 23:53:45 |
  2. URL |
  3. oki #-
  4. [ 編集 ]

okiさん、こんにちは。

>性格として、いつも笑っている人もいる。
いいねぇ、僕は無理だわ。
いつもフラットなんだけど、
静かに怒っているのかもしれない。

駄洒落は、なんだかよく分からんw。
またいつか考えます。
考えていると楽しいよっ。
にこにこはしていないけれど、
静かに笑っているのかもしれない。
  1. 2017/01/14(土) 01:39:26 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

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