馬鹿の世界の点景になりたい。

qinggengcai

駄洒落仮説 ―― ニヒルとシニカル (`ω´)キリッ 2/x


駄洒落を聞かされる側はつらい。
頭に浮かんだ類似する単語を、
そのまま単語として出してきた相手に、
なんらかの対応を迫られることになる。

なぜかは知らないが、どうやら相手は、
笑いを期待しているらしい。
他人を愉快にさせることよりも、
自分が言いたいことを優先する相手から、

自分が言いたいことを封じて、
他人を愉快にさせることを強いられる。


似ている単語くらい、誰にでも浮かぶ。
誰にでも浮かぶから、おもしろさはない。
おもしろくないから、わざわざ表さない。
つまり、駄洒落は、

表さなければ、まだ駄洒落ではない。
表現することを許容するから駄洒落になる。



テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2017年01月09日 13:03 |
  2. おもしろさ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

コメント

ひゃあ~、もう年明けか…どんより…7日休んで3日行って2日休み…なんか酷くダルい毎日です(笑)

さてさて、年始のご挨拶が済んだところで本題です♪
詩を多少なりとも読んだことがある人なら「rhyme」と「駄洒落」について考えたことがあるのではないかな♪
アンブローズ・ビアスの『悪魔の辞典』を引くと、こうある。
『RIMER [韻律詩人]
無関心を寄せられ、不敬意を払われている詩人。』

韻律というのは、貶めて言えば駄洒落に他ならない。
駄洒落には「駄」が付いているから
ロクなもんじゃない韻律のことだろうなあ(笑)
馬が太い…つまり早く走れない馬は「駄」な訳で求められている要素が無い時に、それは「駄」となる。
韻を踏むリズムを読んだとき、聞いたときにどう思うか?
これも受けた側に掛かっている。受けた側が普段から求めている「要素」がその洒落(韻律w)に在るか?

青梗菜さんは落研だったと前に聞きましたが…
『猫忠』のサゲはどうです?
あんなに酷い駄洒落だけど
なんか、ふふっ…と笑えてしまうところがあるなあ。くだらねえなあ~なんて言って笑ってしまう。
普段から猫の魅力にヤられている人だけが笑えるのかな(笑)
  1. 2017/01/09(月) 14:56:38 |
  2. URL |
  3. 小奈鳩ユウイ #0TSJikig
  4. [ 編集 ]

ユウさん、こんにちは。

お疲れさまですっ。
猫忠は、「似合う」だったかな。
猫の忠臣、仇討ちの噺だったような。
枝雀がやってましたが、ストーリーが思い出せないw。
謎解きが終わって、退場の挨拶みたいなものですね。
急転直下で、中途半端なサゲですから、
出囃子の大太鼓は、かぶせるように早めに打つ感じかな。

駄洒落は、コード進行を無視した不協和音なので、
音として似ているだけで、文脈を止めるのですよ~。
文脈を走っている会話に、太った馬が侵入してくる。
落ち着かない不安定な音を出して、
次の落ち着く音を誰かに任せて放置する。
なぜ、頭に浮かんだ音が似ている単語を、
脈略もなく発表するのかw。

テキストコミュニケーションでの駄洒落なら、
韻を踏むって技法と、文末を重ねない技法があって、
僕は重ならないほうが好きかな。
駄洒落が嫌いすぎるから、瓜田からも李下からも離れて、
なますを吹いているのかもしれないw。

城の壁が白くても、
爪楊枝から妻と幼児が浮かんでも、
発表することはないよ。
意味は分かるし、それをおもしろがる気持ちも分かる、
分かるけど、それを聞かされると困るよ~。
  1. 2017/01/09(月) 17:35:19 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

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