馬鹿の世界の点景になりたい。

qinggengcai

古池や蛙飛びこむ水の音、閑さや岩にしみ入る蝉の声 5/5


景色が、音を、
生み出していたのかもしれない。
景色が、音を、
消し去っていたのかもしれない。

確かなものは、池や岩で、
音は、不確かに成り下がる。
僕たちは、聞こえない音を聞き、
あるいは、聞こえる音が聞こえない。

僕たちに認識された空気の振動を、
僕たちは音と呼ぶが、
実際に空気が震えていたかどうかは、
僕たちにはどうでもいい。

実際の空気の振動は、
もはや確かめようがないことであり、
確かめても、僕たちが認識していなければ、
音とは呼べない振動になる。

僕が作り出した音でも、
それは、僕には、音としか言いようがなく、
僕が作り出した静寂でも、
それは、僕には、紛れもない閑(しずか)さになる。

事実はなく、解釈だけがあり、
音は、心許ない解釈の結果である。



        161224.jpg
        http://www.mdn.co.jp/di/newstopics/30435/



「古い池です」、
「蛙が飛び込む水の音がします」、
芭蕉からの報告はそれだけである。
情報量は17音で、極めて少ない。

「閑(しずか)さです」、
「蝉の声が岩にしみ入ります」、
それ以外の報告は、
必ず誰かの虚構になる。

僕からの報告が多ければ多いほど、
必ず芭蕉のメッセージに嘘が混じる。
考えれば考えるほど、
虚偽のレポートになってしまう。

芭蕉が何を思っていたか、
なんてことは、僕には知る由(よし)もなく、
僕が、この句の意味を考えることは、
間違えることが運命づけられている。

考えるのなら、主語は僕にしなければならない。
以上の報告者は、僕である。



テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2016年12月25日 19:41 |
  2. 詩論
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:9

コメント

青梗菜さん、こんばんは!!^^

本人が何を言ったかとか、弟子?が何を言ったとか、放たれたのなら離たれたわけです。そこに1つ以上嘘なんてあるだろうか。i個以上なら有るかも(入力してみただけ。)。岩にし?みいるのだろうか?岩は側面としか思わなかったよ。地面説もあるのだと知りました。実験あるのみかも。m(__;m
  1. 2016/12/25(日) 20:21:23 |
  2. URL |
  3. くわがたお #-
  4. [ 編集 ]

がたおさん、こんにちは。

>放たれたのなら離たれたわけです。
御意っ。

>そこに1つ以上嘘なんてあるだろうか。
反語ね。

>岩は側面としか思わなかったよ。地面説もあるのだと知りました。
え~、地面説もあるの?
がっかりだぁ。
僕の発想がオリジナルなのは、岩を地面にしたことと、
超有名な2つの句を、対句にしたこと。
そんなやつは、世の中にいない、と思ってた。
  1. 2016/12/25(日) 20:52:49 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

>岩は側面としか思わなかったよ。地面説もあるのだと知りました。
あ、ここで知った、ってことですね。
  1. 2016/12/25(日) 21:07:32 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

そうなのだ。
  1. 2016/12/25(日) 22:47:47 |
  2. URL |
  3. くわがたお #-
  4. [ 編集 ]

よかたっw。
  1. 2016/12/26(月) 01:12:08 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

明日判決なのに、こんなとこ見てて、笑。
古池や、この助詞の「や」が、文法的には大切だな。
古池か、カエルが飛び込んで水の音がした場所は、と、解釈される。
つまり、古池は最後に出てくる。と文法的には解釈されるけど、そんな事はどうでもいい。
水の音を聴いて、芭蕉は悟りを開いた。とか、いろんな解釈が出てくる。
芭蕉の想いは正確に伝わらないから、解釈者が、この句によせて、自分の想いを語るしかない。
  1. 2016/12/27(火) 00:26:19 |
  2. URL |
  3. oki #-
  4. [ 編集 ]

okiさん、こんにちは。

僕は、僕に分かることしか書けないから、
悟るとか、時空を超えるとか、宇宙に飛ぶとか、
そんなのは無理です。
音を定義すること、視覚の優位性を述べること、
僕には、それくらいしかできませんわ。
  1. 2016/12/27(火) 03:47:00 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

新年快樂!!

小松菜の代わりにチンゲンサイをたたっ切ってぶち込んで。
お雑煮の汁つくってるとこです
それでおもいだしたわけじゃないが。それがいいたくてw

本年もよろしくお願いいたします

  陳言才より m(__)m


おれサマはヒマ人だから,これに気づいた,ということぢゃあないんぢゃないでしょーか,と。おもわなくもない。

またハンパな断言するーといわれそーですがw

「静かさ」ではなく「閑さ」ですよ,この俳句のキモは。
俳諧ですね。石,閑居と石,石と蝉は唐詩では縁言葉のようなもの。
「閑人が書いたどーでもいい詩がいっぱいありますなw
それをたった17文字で言えちゃいますよ,俳句は,」という。けっこうイヤミな句でもありますね。いい句だとおもいます
  1. 2017/01/01(日) 06:28:36 |
  2. URL |
  3. 玄 #3E8HQ5Yc
  4. [ 編集 ]

玄さん、こんにちは。

>本年もよろしくお願いいたします
こちらこそ、よろしくしてやってくださいませ。

>「静かさ」ではなく「閑さ」ですよ,この俳句のキモは。
なるほど~、芭蕉の反抗心を感じます。
形式を知り、知性を備えているから、
反形式、反知性に立ち位置が定まるわけです。
知性と権威の固定的な結びつきを、
軽々と解いて、ぺろっと舌を出す。

僕の解釈も、定説に対しては、お尻ぺんぺん、
舌を出して、あかんべえですw。
  1. 2017/01/05(木) 20:36:20 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

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