馬鹿の世界の点景になりたい。

qinggengcai

ツ、イ、ラ、ク 3/3


日曜日から読み始めて、
木曜日の今日、読み終えた。

笑えるのは、プロットよりも、
散りばめられた小さなエピソード。

フィクションらしくて、結末らしいが、
フィクションだから、

フィクションらしくていいし、
結末は、結末らしくなければ、

結末にはならない。



        161222.jpg

        ツ、イ、ラ、ク/姫野カオルコ 著、
        2003、角川書店



テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2016年12月22日 20:46 |
  2. 感想文
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:5

コメント

小説はね、読まないんですよ。
読めないというか、発達障害の特徴で、登場人物の気持ちが分からないと。
鑑定医には、「フィクションでしょう。読んでも、意味ない。」とか言ったし。
数学のiも理解できない。二乗して、−1になるのが、どう論理的に必要?
n次元とか、考えても、我々は3次元の世界に住んでいるんだから、意味がない。
あゝ、n次元になれば、拘置所から簡単に脱走出来るとかー。
  1. 2016/12/22(木) 22:39:30 |
  2. URL |
  3. oki #-
  4. [ 編集 ]

okiさん、こんにちは。

また後ほど。

がたおさん、頼むっ。
>二乗して、−1になるのが、どう論理的に必要?
  1. 2016/12/22(木) 22:52:51 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

okiさん、こんにちは。

>小説はね、読まないんですよ。
>読めないというか、発達障害の特徴で、登場人物の気持ちが分からないと。
読まない人も、読めない人も多いですよ。
文学、つまりフィクションは、読んでも意味はないのが正解。
芥川龍之介や夏目漱石なら、
先生から褒めてもらえるくらいの意味はあるけれど、
姫野カオルコだもん。

ってことは、世の中がフィクションだったら、
読む意味があることになる。
世の中が姫野カオルコ的なフィクションだったら、
姫野カオルコを読む意味がある、ってことになる。

例えば、芥川や漱石に価値を置くのは、価値を置くこと自体が知識で、
他人に薦めるのは、薦めること自体が知識で、
知識として知っていることは考える必要はなく、
解っていることなら知るには及ばない。
そんなのは、読んでも意味はない。
だから、傑作だと思うよ、『ツ、イ、ラ、ク』は。
  1. 2016/12/23(金) 14:13:46 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

青梗菜さん、こんばんは!!^^

>がたおさん、頼むっ。
>>二乗して、−1になるのが、どう論理的に必要?
論理的に必要だからじゃね?(裏、取ってません。)でも、どうして有るのかはわからぬす。m(__;m
  1. 2016/12/25(日) 05:19:12 |
  2. URL |
  3. くわがたお #-
  4. [ 編集 ]

がたおさん、こんにちは。

>論理的に必要だからじゃね?(裏、取ってません。)
そのまま循環させるのか~。

>でも、どうして有るのかはわからぬす。m(__;m
なぜ何もないのではなく、何かがあるのか?
ってことの手前まで来ているなぁ。
  1. 2016/12/25(日) 12:10:56 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

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