馬鹿の世界の点景になりたい。

qinggengcai

無関心、について 7/8


好きの反対は無関心、
のときもある。
        好き、でなければ、嫌い、とか、
        関心、がなければ、無関心、とか、
ふつうに考えて、僕たちには、
そんな極端な二分法に、
        振り分けられないものが多すぎる。
        どちらでもないことが多すぎる。



    161028a.jpg
    https://jp.pinterest.com/hugogiralt/mini/

知っているけれど、
考えられない、
        考えたくない、
        考え続けていられない。
それは、嫌いなものごとだけではなく、
好きなものごとについても当てはまる。

        例えば、音楽について語るとき、
        僕が心に思う音楽と、
僕の言葉による表現は、
どうしても一致する気がしなくなる。

        世の中には、言い表せないものが、
        いくらでもあって、
僕の中にも、言葉にならないものが、
いくらでもあるのだろう。
        音楽は、言葉を要しないから、
        音楽は、言葉の不自由さを跳び越えて、
身体に働きかけ、引き換えに、
言葉を不自由にさせるもの。
        言葉は、音楽に無関心を装わなければならないが、
        それでも、音楽は、語らずにはいられないもの。
考えることができないのに、
また続きを考えてしまうもの。


        好き、とは、
        想い起こさせることである。
考え続けていられないものごとにも、
関心を持たせることである。
        思わず関心を持ってしまうような、
        無関心でいられないものごとを、

        無関心にさせないことである。



テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2016年10月28日 12:06 |
  2. 好き嫌い
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

コメント

嫌い、も、無関心、も、
好き、の反対でしょう。そうでしょう。

自分からの距離で言ったら、
好き→嫌い→無関心
になるのかなぁ、などと考えました。
無関心なものは、すごく遠くにいる感じがします。
あ、違うかなぁ。
嫌い→好き→無関心
ですかね。
嫌い、は強いから、好き、よりも自分の1番近くにいるのかも。
  1. 2016/10/28(金) 21:19:49 |
  2. URL |
  3. プラトニックまいまい #-
  4. [ 編集 ]

まいまいさん、こんにちは。

>自分からの距離で言ったら、
>好き→嫌い→無関心
うん。
>嫌い→好き→無関心
はははw、嫌い、は切実だ~。

でね、それは、嫌い、に関心が行ってしまった結果として、
自分の近くに来たわけで。
嫌い、は無関心に閉じ込めておきたい。
嫌い、を忘れているのがご機嫌な生活です。

僕は、大声でくしゃみをする人が嫌いでw、
もちろん、嫌いなことをいつも主題的に意識しているわけではなく、
―― それは、逆に、大きなくしゃみを待っている状態やね、
僕に、一瞬にして、無関心から関心に軸足を移させて、
嫌い、を想い起こさせる、大きなくしゃみが嫌いなのですw。
コーヒーをずるずるすするやつとか、
店員を困らせる横柄な客とか、地震とかも。
みんな忘れた頃に来るけどね。
嫌い、には無関心でいたいのに、
いつもいつも僕の関心に呼び出しをかけてくる人、
そんな人が嫌い。
  1. 2016/10/28(金) 22:28:51 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック URL
http://qinggengcai.blog2.fc2.com/tb.php/1243-1ac5d817
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)