馬鹿の世界の点景になりたい。

qinggengcai

嫌い、について 6/x


ここまでを振り返る。
たいして考えずに、
乱暴に書いてきたけれど、
ここで立ち止まって、

遅まきながら、
考えて書いたような見かけを作ってみる。



        2/x、
        嫌い、とは、
        嫌いなものごとを、
        嫌うことである。

馬鹿みたいな記述だが、
言い訳をするなら、
嫌いの定義については立ち入りたくない、
ということだ。

たぶん、僕たちは、
多様な判断を、嫌い、とみなしている。
あるいは、嫌い、が多様な判断を連れてくる。
いずれにしても、

嫌い、には、
本質はない、気がする。



    161009c.jpg
    https://de.wikipedia.org/wiki/Derek_Trucks

        1/x、
        「セザンヌの絵は、
        よく分からないから、
        あまり好きではないけれど」

間抜けな感想だが、
好き、ではなく、嫌い、の方から、
好き嫌いの答に、
近づこうと思う。

端的に言って、
僕たちは、分からないことが嫌いだ。
頭を使うことがいやだ。
数学は、高校2年で嫌いになった。

        3/x、        
        流行りの思考は、
        そのほとんどが思考ではなく、
        思考停止に誘うものである。

ポジティブや、引き寄せや、
スピが流行るのは、
自分で考えなくても済むから。
判断の放棄は、思考ではなく信仰だ。

流行りの思考法が簡単だとは決めつけない。
例えば、難しいスピの本を読むことは難しい。
等値を示す語による同語反復なので、
必ず、間違いなく、難しい。

しかし、本を読む難しさは、
自分で考える難しさではない。
理解する難しさであって、
自分で答を出す難しさではない。

        5/x、
        自分が自分であることは、
        いつだって、厳しくて、難しい。
        その難しさを感じていない人は、おそらく、
        考えることが、どういうことなのかを、
        知らないままに生きている。

自分が自分であることの、
厳しさと、難しさを感じることは、
自分で考えることと、
別のことではあり得ない。

自分の言葉で語ろうとしないのは、
疲れるからである。
答のない問いにかける時間が、
耐えられないからである。

どこかに落ちている答を拾って、
それを自分の答にしたほうが早い。



ともあれ、僕たちは、ものごとの処理に、
時間をかけたくない。
すぐに片づくことが好きで、
つまり、僕たちは、馬鹿を基点としている。

嫌い、とは、
分かりにくさである。



テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2016年10月10日 12:13 |
  2. 好き嫌い
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:6

コメント

青梗菜さん、こんばんは!!^^

>嫌い、とは、
>分かりにくさである。
これは、ぱっと見での分かりにくさではなく、考えたけど分からないという分かりにくさですか?
  1. 2016/10/11(火) 20:57:23 |
  2. URL |
  3. くわがたお #-
  4. [ 編集 ]

がたおさん、こんにちは。

>これは、ぱっと見での分かりにくさではなく、考えたけど分からないという分かりにくさですか?
程度によるのかなぁ。
ぱっと見で、ぜんぜん無理だったら覆らないと思う。
若い頃のほうが早かったかなぁ、
好き嫌いが決まるのは。
  1. 2016/10/11(火) 21:19:56 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

青梗菜さん、

>ぱっと見で、ぜんぜん無理だったら覆らないと思う。
それは、瞬間に考えるとか経験に即して?決まらさるのですか?それとも直感?ですか?もし直感なら、直感でわかりにくいとは、わからないんじゃないかなあ?

仮説①:嫌い、とはそのものごとを受け入れると自分を嫌いになりそうなものごと?
仮説②:嫌い、とは自分をいやな気分にさせるものごと(青梗菜さんの写しか)

※考え足りない気がするwもう寝るし。m(__;m
  1. 2016/10/11(火) 21:47:51 |
  2. URL |
  3. くわがたお #-
  4. [ 編集 ]

しかし、自分の理解できない事をスラスラ喋る人を僕たちは一方で憧れるのも事実ですよね〜。
例えば、割烹着の女。STAP細胞とか、訳が分からない事を言って、はじめのうちは皆、ヨイショしましたよね。
今でも、信奉者がいるとは、どういうことか?
なんか分からないけど、深遠だ、と人は思うこともあるように思います。
例えば、大学の講義で、ラテン語やら、ドイツ語をスラスラと板書されると、なんか、この先生は分かっている。と思っちゃう。
この心理はなんだ?
因みに、美術の世界で、セザンヌを分からないから嫌い、という人はいない。
セザンヌほど、分かりやすい絵を描いた人はいませんね〜。
  1. 2016/10/11(火) 22:11:06 |
  2. URL |
  3. oki #-
  4. [ 編集 ]

がたおさん、こんにちは。

>それは、瞬間に考えるとか経験に即して?決まらさるのですか?それとも直感?ですか?もし直感なら、直感でわかりにくいとは、わからないんじゃないかなあ?
なんで同僚は、ズボンを前後さかさまに穿いているのか分からない、とか、
なんで部長は、踏切で反復横跳びをしているのか分からない、とか、
ぜんぜん無理とは、そんな水準の分からなさです。

>仮説②:嫌い、とは自分をいやな気分にさせるものごと(青梗菜さんの写しか)
仮説②だと思います。
おやすみっ。
  1. 2016/10/11(火) 22:15:35 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

okiさん、こんにちは。

>しかし、自分の理解できない事をスラスラ喋る人を僕たちは一方で憧れるのも事実ですよね〜。
それが仕事だもん、お互いに手に余ることを任せ合ってる。

>例えば、大学の講義で、ラテン語やら、ドイツ語をスラスラと板書されると、なんか、この先生は分かっている。と思っちゃう。
>この心理はなんだ?
東大だけですよ、深遠だとか、分かっているとか思うのは。
2流私大の学生なら、ひけらかし、だと言いますよw。
おれたちを相手に、なにをアピってんの~?w

>セザンヌほど、分かりやすい絵を描いた人はいませんね〜。
そうなのか~w、
僕には、妙に不自然で、退屈な絵なのですけどw。
  1. 2016/10/11(火) 22:40:39 |
  2. URL |
  3. 青梗菜 #-
  4. [ 編集 ]

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